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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
リーネ編⑥ブラッジ

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152/157

作戦

白い塔の石造りの回廊は、しんと静まり返っていた。

 先ほどまでの激しい戦闘の気配は消え、ただ冷たく硬質な空気が漂う。

 壁に埋め込まれた青白い魔石が、幽かな光を放ち、無機質な影を延ばしていた。


 その回廊を、ひとりの女が歩いていた。

 マリエ――時空を操る魔女。野蛮な魔女の一員にして、残酷な笑みを常に浮かべる存在。

 彼女の歩みはゆるやかで、まるで散歩でもしているかのような軽やかさだった。

 だが、その背後にまとわりつく異様な気配は、獲物を弄ぶ捕食者のそれであり、近づく者を戦慄させる。


「さて……」

 

マリエの唇が、ゆがんだ笑みを描いた。


「ベルンドは死んだか。……あの死神が、まさかあんな最期を迎えるとはね。」


 言葉には冷笑が混じっていたが、彼女の目の奥には微かな興味の色が宿っていた。

 健司たちが見せた、ベルンドとの戦い。そしてその死に際。

 「絶望から幸福を奪う」ことを喜びとするマリエにとって、それは理解を超える光景だった。


 そんな時だった。

 回廊の先、ゆがむように空間が揺らぎ、一人の影が姿を現した。


「不意打ちとは、らしくないね。」

 

マリエが足を止め、目を細めた。

 そこに立つのは、薄緑色の髪を持つ女。

 その目はどこまでも無機質で、感情というものが欠落しているかのようだった。


「シミラ……」

 

マリエは呟いた。

 野蛮な魔女の一員、そして「返す魔法」を操る異能の持ち主。

 それは対象を選ばない――魔法、武器、傷、あらゆるものを「持ち主に返す」。

 彼女が一度でも相対すれば、敵は自らの攻撃に苦しみ、味わった痛みを再び受けることになる。

 仲間であっても決して気を許せない、底知れぬ存在だった。


「マリエ、失敗したね?」

 

シミラは抑揚のない声で言った。

 その声音には非難も嘲笑もなく、ただ事実だけを述べる冷たさがあった。


 マリエは肩をすくめて、くすりと笑う。


「失敗じゃないわ。ただ、噂の健司たちを見に行っただけよ。……なかなか面白かったわよ。死神ベルンドを相手にしながらも、彼らは怯まなかった。絶望を喰らう前の顔は、やっぱり格別ね。」


「……だが、ベルンドは死んだ。」


「そう。その最期を飾ったのは、あなたの魔法でしょう? 鎌を返したのは――シミラ、あなたね?」


 シミラは答えなかった。ただ瞬きを一度し、その無表情のまま視線を落とす。

 それだけで肯定と分かる。


「やれやれ、相変わらずね。」

 

マリエは皮肉混じりに笑った。


「あなたの返す魔法は、誰にとっても絶望そのものよ。攻撃すれば自らに返り、抵抗すれば苦しみが戻る。……まるで世界そのものが裏切るかのようにね。」


「……世界は常に返す。」

 

シミラが静かに言った。


「与えたものは、必ず返ってくる。喜びも、絶望も、痛みも。」


「ふふ、説法みたいなことを言うのね。でも、あなたの言う通りよ。だから楽しいの。ベルンドも、健司も、いずれはすべてを返される……絶望という形でね。」


 二人の会話は、氷と炎のように交わりながらも決して溶け合わない。

 その緊張感は、回廊全体を支配し、魔石の光をさらに冷たく見せた。


「ところで――」

 

マリエは話題を変えるように声を落とした。


「リーダーは今、どこに?」


 シミラは視線を上げる。


「ブラッジの部屋。幹部は勢揃いしている。……ただし、ボスはいない。」


「ボスは、ね。」

 

マリエはわずかに目を細めた。


「……そう、孤高の魔女に邪魔されたから。」


 その言葉に、シミラの瞳がかすかに揺れた。


「孤高の魔女……奴がいるのか?」


「間違いないわ。」

 

マリエは断言した。


「この塔に残った魔法の痕跡……アナスタシアのものではない。模倣された孤高の魔女の魔法よ。時空と氷を絡めた、あの特異な波長。見間違うはずがない。」


「アナスタシアは……今はリヴィエールにいるはず。」


「ええ、だから違うのよ。あれは彼女じゃない。本物が、ここに関わっているの。」


 シミラはしばし沈黙し、無表情のまま小さく頷いた。


「なら、早くしないと。」


「そうね。」

 

マリエは妖しい笑みを浮かべた。


「孤高の魔女が何を狙っているのか確かめなければ。……それに、幹部たちも待っているでしょうし。」


 ふたりは並んで歩き出す。

 その背を照らす魔石の光が揺れ、長い影を伸ばす。

 音もなく、ただ冷たい足音だけが塔の奥へと響いていった。


 ――やがて、その行く先には、最強と謳われる剣士ブラッジの間が待ち受けている。

 幹部勢揃い、そして野蛮な魔女の策略。

 健司たちが辿り着く頃、そこはすでに死地と化しているのだろう。


 マリエとシミラは、互いに背を預けることなく、それでも同じ道を進んでいった。

 その姿は、まるで二匹の獣が血の匂いに導かれ、同じ獲物を求めて歩むかのようであった。


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