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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
リーネ編⑤四天王

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ベルンド安らかにいく

その時、不意に声が響いた。


「返し忘れたよ、これ。」


 知らない女の声が、戦場に張りつめた空気を破るように響いた。

 次の瞬間、ベルンドの目の前に黒い影が揺らめき、己が手にしていたはずの鎌が忽然と姿を現した。

 そして、まるで嘲笑うかのように、鎌は逆の方向から現れ、その切っ先がベルンド自身の胸を深々と貫いた。


「ぐっ……お前は!」


 血が溢れ出す。

 鎌の柄を掴もうとした指先に力が入らない。

 体が重く、膝が震え、床に崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、ベルンドは声の主を睨みつけようとした。

 だが、その姿はもう、時空の狭間にかき消えた後で、そこにいるのは驚愕に目を見開いた仲間たちの顔ばかりだった。


「ベルンド!」

 

クロエが叫んだ。

 健司も駆け寄ろうと、一歩前に踏み出す。だが、ベルンドは血を吐きながらも手を上げ、制するように首を振った。


「……来るな。いい、これが……運命だ。」


 その声音には、不思議なほどの安らぎが混じっていた。

 長きにわたり「死神」と恐れられた男の顔に浮かんでいるのは、怒りでも憎しみでもなく、静かな諦観とどこか懐かしい微笑みだった。


「ですが……」

 

健司が言いかける。

 ベルンドは唇を血で濡らしながら、かすかに笑った。


「……そうか。なら……最後に……これを。」


 健司はうなずき、彼の体に手を添えた。

 魔力が流れ込むと、淡い光がベルンドを包み込み、周囲の血の匂いと重苦しい空気を和らげていった。

 光は次第に強くなり、暖かな陽光のように彼を抱きしめていく。


 ――そして、ベルンドの目に映ったのは。


「あなた、おかえりなさい。」


 懐かしい声。柔らかな笑顔。そこにいたのは、亡き妻だった。

 長い黒髪を風に揺らし、かつてと変わらぬ優しさで彼を見つめている。

 その傍らには、小さな体で元気に手を振る息子の姿があった。


「パパ! おかえり!」


 胸が熱くなる。涙が溢れる。

 ベルンドは喉の奥で嗚咽をこらえながら、手を伸ばした。

 震える指先が、二人の温もりに触れる。確かにそこにいる。夢でも幻でもない。


「……ただいま。……会えて、良かった。」


 抱きしめ合う。妻の香りが、子の笑い声が、胸の奥に深く染み渡っていく。

 その瞬間、ベルンドの心に重くのしかかっていた憎しみも、孤独も、すべてが溶けて消えていった。

 死神と呼ばれた男は、ようやく人としての安らぎを取り戻したのだ。


 その光景は、健司たちの目にも映っていた。

 光の中で、ベルンドが穏やかに笑い、家族と再会する姿。

 それはあまりにも美しく、切なく、誰もが言葉を失って見守るしかなかった。


「……行け。」

 

ベルンドの声が、最後に彼らの耳に届いた。


「マリエ達……あの野蛮な魔女が……かしこまっている相手を……見た。……おそらく、魔女だが……マリエとは比べ物にならぬ……恐怖を……感じた。……野蛮な魔女達の……ボスだろう……」


 言葉は途切れ途切れであったが、確かな警告が込められていた。

 その後、ベルンドは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。

 光が彼の体を包み込み、ゆるやかに空へと溶けていく。


 ――そして、ベルンドは完全に息を引き取った。


 しばらく誰も動けなかった。

 クロエは唇を噛みしめ、リセルはただ静かに涙を流していた。

 カテリーナは拳を握り、肩を震わせ、セレナは祈るように両手を胸に当てていた。

 健司もまた、目を閉じて小さく頷く。

 彼の心にも、ベルンドの最期の姿は深く刻まれていた。


「……死神、か。」

 

クロエがぽつりと呟いた。


「最後まで、あの人は……誰よりも人間らしかった。」


 誰もがうなずいた。

 憎しみと孤独に縛られていたはずの男が、最期に見せたのは、人としての愛と帰るべき場所だった。

 その結末が、彼を知る者たちの胸を強く打った。


 やがて健司が、静かに前を向いた。


「行こう。」


 その一言に、皆が顔を上げる。

 涙で赤くなった目を拭い、それぞれが決意を宿した瞳で頷いた。

 彼らの目指す先は――ブラッジ。ホワイトヴェルの領主にして、真に恐るべき剣士。


 ベルンドが命を賭して告げた警告を胸に、健司たちは歩みを進める。

 白い塔の奥深く、静寂が支配する闇の中へと。


 その背後には、死神ベルンドの最期を見届けた証が、深く、深く刻まれていた。

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