南へ
焚き火の残り火が、ほのかに赤く揺れていた。
夜の空には満天の星が広がり、静寂の中に虫の声が微かに響いている。
旅の途中に立ち寄った小さな丘の上、健司たちは今夜も野宿をしていた。
クロエ、ルナ、ミイナ。それぞれに違う過去を持ち、違う恐れを抱えながらも、確かにひとつの灯の下にいる。
その夜、健司はいつもよりも真剣な顔をしていた。
「……そろそろ、住む場所を決めようか」
唐突にそう言った彼の声に、クロエが顔を上げた。
ルナもミイナも、焚き火の炎越しに健司を見つめる。
「ここまで旅をしてきて、いろんな魔女と出会ってきたけど……ずっとこのまま旅を続けるのは、限界があると思うんだ。特に……」
健司はちらりと、ルナとミイナに目を向けた。
「ふたりはまだ子どもだ。ちゃんと寝られる場所、安全な暮らし……それがあって初めて、自分の未来も考えられるようになるんじゃないかって、思ってる」
ルナは驚いたように目を見開いたが、すぐにうなずいた。
「うん……うれしい。健司くんと一緒に旅できるの、楽しいよ? でも……本当は、ちゃんとしたベッドで寝たいって思ってた……わがままかなって、言えなかったけど……」
ミイナも小さな声で続いた。
「私も……夜が怖くなくなってきたけど、やっぱり、灯りのある家が欲しい。夢が見られる場所が、あったらいいなって」
クロエはその様子を見て、少し微笑んだ。
けれど、その表情はどこか寂しげでもあった。
「……そうね。ふたりの気持ち、ちゃんと受け止めるべきだった。私も、大人のつもりでいて……過去ばかり見ていたのかもしれない」
健司は首を振る。
「クロエも、ずっと僕たちを守ってくれてたよ。誰よりも先に動いてくれてた。それに……これからだって、みんなで考えて決めていけると思うんだ。だから……僕たちに、家を探させてくれないか?」
クロエはその言葉に、真っ直ぐな瞳で応えた。
そして、少し思案するように空を見上げて言った。
「……南へ、行こうか」
「南……?」
ルナが小さく首をかしげる。
クロエは頷いた。
「ええ。南には、昔、一度だけ立ち寄ったことがある小さな村があるの。山と湖に囲まれた、静かな土地。魔女に偏見の少ない人が多かった。……まあ、十年以上前の話だけど」
ミイナが少し目を輝かせた。
「そこって……暖かい?」
「そうね。北のような雪は降らないし、海に近いから風も穏やか。植物もよく育って、薬草を集めるにはうってつけだったわ。あの時は長居できなかったけど……もしかしたら、今なら……」
健司が口を開いた。
「今なら、僕たちが変えられるかもしれないって、そう思ってる?」
クロエは静かに笑った。
「あなたに出会ってから、そういう希望を持つのが、少しだけ怖くなくなったわ」
ルナはパッと顔を輝かせた。
「じゃあ! 家はどんなのがいいかな? お花が咲く庭がいいな!」
「私は……月が見える窓があるといい。夜でも、ちょっとだけ外を見られるように」
ふたりの言葉に、健司も笑った。
「じゃあ、それを探す旅だ。僕たちの住む場所を、みんなで見つけよう」
クロエは、遠くの星を見ながら、かすかに頷いた。
彼女の目には、もう後ろではなく、未来を見つめる光が宿っていた。
「南へ向かいましょう。まだ見ぬ未来の家へ。私たちが安心して、暮らせる場所へ」
その言葉に導かれるように、夜が少しずつ明けていく。
新しい旅立ちが、また始まろうとしていた。
彼らの足は、いずれ“家”へとたどり着くだろう。
それは、ただ雨風をしのげる場所ではなく、誰もが「自分でいていい」と思える、心のよりどころとなるはずだった。




