死神のベルンド
白い塔の最上階へと続く回廊は、凍てつくほどの静寂に包まれていた。
石造りの壁には無数の傷が刻まれ、ここに至るまでにいくつもの戦いがあったことを物語っている。
健司たちは足を止め、息を整えた。
ソレイユとセレナの胸にはまだ先ほどの戦いの余韻が残り、リーネやローザの顔にも緊張が色濃く浮かんでいる。
そして、扉を押し開けた瞬間――。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
黒衣に包まれた長身、肩まで伸びた白髪がゆらりと揺れ、その背後には重苦しい影が渦を巻いている。
「……ここまで来るとはな」
低く響く声が、塔の最奥に広がった。
その声音には、無慈悲な冷たさと圧倒的な自信が込められていた。
「だが、ここまでだ。俺の名はベルンド――死神のベルンド。お前たちの旅路は、ここで断ち切られる」
その名が告げられた瞬間、クラリーチェとリズリィの表情が凍り付いた。
「……死神だと!」
リズリィの声が震える。
「審問官にとって、最も忌むべき存在……あいつはかつて、幾人もの審問官を捕らえ、葬った……!」
クラリーチェも青ざめ、唇を噛みしめた。
「……信じられない。奴がこの塔にいるなんて」
ベルンドは不気味に笑った。
「ふふ……捕らえるのも悪くはないが、俺が最も得意なのは――殺すことだ」
その言葉に、場の空気が一層重くなる。
死そのものが形を成したかのような威圧感。目を合わせた者すら魂を吸い取られるような錯覚に陥る。
クロエが前に出た。
その瞳には冷酷な光が宿っている。
「……ここは、私が行く。死神だろうと、恐れる必要はない」
リセルもその隣に立った。
「ええ、クロエ。私たちが切り開く番だわ」
健司が一歩踏み出そうとするが、クロエは首を振った。
「あなたは見ていて。これは、私たちが背負う戦い」
ベルンドが嗤った。
「女二人が俺に挑むか……面白い。だが、すぐに後悔するぞ」
死神のベルンド。その鎌が振るわれた瞬間、空気そのものが切り裂かれるような音が響いた。
クロエは咄嗟に闇の煙を広げ、刃の軌跡を曇らせる。リセルもすぐさま闇の盾を展開し、刃を受け止める壁を生み出した。
――ガギンッ!
重い衝撃。盾は揺らぎ、クロエの煙は切り裂かれて消えていく。
「その程度で止まると思うな」
ベルンドの声は低く、冷たい。
彼の動きは無駄がなかった。大振りに見える鎌の一撃でさえ、わずかな軌道修正を伴っており、逃げ場を潰すように計算されている。
だが、その冷徹さの裏に、クロエはある種の狂気を感じ取っていた。
かつてベルンドは、ただの一人の男だった。
小さな村に妻と子供と暮らし、穏やかな日々を送っていた。狩りをし、畑を耕し、冬には家族と焚き火を囲む。彼にとって、それが世界のすべてであり、幸福だった。
その村に魔女が迷い込んできた時、ベルンドは恐れを感じつつも「この村には隠すものもない、害を与える理由もない」と考えた。
実際、魔女たちは最初こそ穏やかに接し、村人と打ち解ける素振りさえ見せた。ベルンドの妻も子供も笑い合い、共にパンを分け合った夜もあった。
――その日までは。
ベルンドが遠出から戻った日、村は地獄と化していた。
炎に包まれた家々。転がる死体。泣き叫ぶ声もすでに途絶えていた。
「な、なぜだ……」
足を引きずりながら駆け寄ると、目に飛び込んできたのは、愛する妻と子の無惨な姿だった。
血に濡れ、虚ろな瞳をした彼女たちは、笑うような苦悶の表情を浮かべて息絶えていた。
その横で、魔女たちが愉快そうに笑っていた。
「やっぱりさ、幸せの絶頂から地獄に叩き落とした時の顔が最高だよな」
「ねえ、ほら、あの子供の顔。母親が殺されるのを見て泣き叫んでたのに、最後は絶望で黙っちゃった。たまんないね」
ベルンドは膝をつき、絶叫した。
その瞬間、彼の中で何かが砕け散った。
魔女など信じない。
決して許さない。
彼はその日から、「死神」と呼ばれる道を歩き始めた。




