格闘のカイリ
カテリーナは黙っていられなかった。石段の陰、薄暗い回廊で二人きりになった瞬間、鋭く切り出す。
「健司、ミナって誰? それに村って……何を隠しているのよ。私たちには話すべきでしょ?」
健司はふと足を止め、背後の階段を見上げる。塔の石壁に映る自身の影が、揺れている。
「隠しているわけじゃないよ」
彼は穏やかに、だがどこか遠いところを見ているような声で答えた。
「ミナは幼馴染なんだ。子どもの頃から一緒だった。だけど、ある日、突然いなくなったんだ」
カテリーナの眉がぴくりと跳ねる。好奇と苛立ちが混ざった声が返る。
「そうなのね。で、その『村』ってのは?」
健司は掌で額の汗を拭った。夜の石の冷たさを掌で感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「村は――複数の魔女がよく出入りしていた場所だよ。孤高の魔女も、ときどき来ていた。僕たちはそこに住んでた。みんなで助け合って、魔法と技術を共有してたんだ」
カテリーナの目が少し和らいだ。だがすぐに、疑念の色が戻る。
「そうだったのね。で、村はどうなったの? 覚えていないってどういうこと?」
健司は首をふる。声が震えた。
「覚えていないんだ。ちゃんとした記憶が残ってない。あの日の断片はあるけど、何が起きたのか、誰が来たのか……それが全部繋がらない。頭の中が途切れているみたいで」
「覚えていない? どうして?」
カテリーナの口調はきつくなる。仲間を守る者としての不安が、そのまま問いとなって飛んでくる。
「分からない。あと、ミナはもしかしたら魔女になったのかもしれない。人間のままじゃないかも。だから、探しているんだ。会いたいから、確かめたいから」
その告白は、弱さを曝け出したようでもあり、同時に決意の火を灯していた。カテリーナは一瞬、言葉が詰まる。硬い表情の奥に、ほんの少しの理解が差し込んだ。
「そうだったのね」
彼女は短くうなずく。
「分かったわ。健司の力になりたい。あなたが探すなら、私たちも力を貸す」
そのとき、回廊の先から低い足音が響いた。誰かが、静かに、だが確実に近づいてくる。皆が身構える。足音は沈黙のように迫り、やがて影が現れた。
一陣の風のように、男が姿を現す。筋肉の隆起が見える拳、黒い天鵞絨のような道着。顔は無表情、瞳に殺意を宿す――四天王の一角、格闘の覇者「カイリ」だった。
「まさか、ここまで来るとはね」
カイリの声は低く、砂利を噛むような響きがある。
「しかし、ここまでだ。魔女殺しの俺には勝てない」
周囲に緊張が走る。カイリが拳を握りしめるたび、手の甲の血管が浮き、筋肉が躍る。彼の周囲には戦の匂いだけが充ちていた。
ソレイユが一歩前に出る。彼女は健司と同じ屋根の下で育ち、いつも仲裁役として穏やかに場をつくる存在だが、その瞳には今日は確かな闘志が宿っている。
「面白いことを言うわね、魔女殺しのあなた。試してみる?」
ソレイユの声は涼やかだが、威圧感を帯びている。
セレナも隣に立つ。月の魔法を纏った彼女の面差しは冷たく研ぎ澄まされ、そのまま妖刀のような鋭さを感じさせる。
「……ふたりで、相手をしてみるか」
セレナの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。彼女は足先で地面を軽く蹴り、動きを確認している。
カイリは僅かに口角を上げた。戦いの前の沈黙を楽しむような余裕だ。
「やれ。ここで死にたい者は、前へ出ろ」




