神速のバキラエ
白い塔の階段を踏みしめる音が響く。
健司を先頭に、仲間たちは息を整えながら上を目指していた。
すでに一番槍の猛者を退けたが、その代償は小さくない。リーネとローザは、疲弊している。クロエの冷酷な一撃で一番槍を消したが、その表情の奥には怒りと悲しみが混ざっていた。
――ここから先、さらに強大な敵が待つ。
誰もがそう感じていた。
「健司……」
リセルが彼の横に寄り添い、小さな声で呼びかけた。
「脇腹、大丈夫?」
「平気だよ」
健司は微笑んでみせる。血がにじんでいるにも関わらず、痛みを感じていないかのように歩き続けていた。
その姿に、クロエがじっと視線を落とした。彼女の瞳は氷のように冷たく、しかし心の奥底では燃えるような執念が渦巻いていた。
階段を登りきると、広間にたどり着いた。
そこには、薄紫の光を背にした男が立っていた。
背丈は高く、弓を手にしたその姿は猛禽のよう。
四天王の一人――神速の弓使い、バキラエ。
「……一番槍を倒したか」
彼は口元を歪めて笑った。
「なかなかやるな。まあ、あいつは慢心していたからな。お前らのような連中に討たれるのも、無理はない」
健司は一歩前に出た。
「僕たちは、ここを通ります」
それ以上の戦いを望んでいないことを示す、真っ直ぐな声。
だが、バキラエは首を振った。
「通すだと? ここは白い塔。侵入者を通すわけにはいかん」
そして、彼は口の端を吊り上げ、思わせぶりに言葉を放った。
「……もし、ここに“ミナ”がいるとしたら?」
その名が響いた瞬間、健司の足が止まった。
仲間たちも驚愕して彼を振り返る。
リセルが息をのむ。
「ミナ……? 」
健司の心臓が激しく脈打つ。
なぜ、ここでその名が出るのか。
「……なぜ、それを知っている」
健司の声は低く震えた。
バキラエは肩をすくめた。
「さあな。だが、お前には関係のない話だ。どうせここで終わるのだからな」
次の瞬間、弓弦が鳴り響いた。
放たれた矢は、目で追うことさえ困難な速さ――神速の矢。
空気を裂き、雷鳴のごとき衝撃が健司に迫る。
「健司っ!」
リセルとクロエが同時に声をあげた。
だが、矢は炎に弾かれた。
燃え上がる紅蓮が壁となり、矢を打ち砕く。
「間一髪ね」
炎の中から姿を現したのはヴェリシアだった。彼女の瞳は燃えるように光り、髪が炎に照らされて揺れている。
さらに、前に出る者がいた。
「私も行くわ」
ミリィが短く告げ、杖を構えた。
彼女の魔力がほとばしり、周囲の空気が緊張に満ちる。
バキラエは二人を見て目を細めた。
「その炎……なるほど。あの街で見たものと同じか」
「あの街?」
ヴェリシアが鋭く問い返す。
バキラエは鼻で笑った。
「知らないなら、それでいいさ」
――何を意味している?
健司の胸に、不穏な予感が渦巻いた。
だが今は、それを確かめている暇はない。
「私たちが相手をする」
ヴェリシアが宣言した。
「健司、あなたは上を目指しなさい。妹を取り戻すために」
ミリィも強い眼差しを健司に向ける。
「私たちがここを突破してみせる。だから……信じて」
健司は拳を握り、強くうなずいた。
「分かった。必ず戻る。絶対に」
バキラエが弓を引き絞る。
矢は光となり、神速の速さで解き放たれた。
ヴェリシアの炎が迎え撃ち、ミリィの魔力が流星のように輝く。
神速の矢と、炎と魔法の奔流が激突する。
轟音が広間を揺らし、床がひび割れる。
――戦いが始まった。
神速の弓使い、バキラエ。
そして、炎の魔女ヴェリシアと、アスフォルデの誇りを継ぐミリィ。
健司は背を向け、階段をさらに上る。
仲間の叫びと轟音を背に受けながら。
だがその心には、ミナの名が重くのしかかっていた。
「……待っててくれ。必ず、真実を確かめる」
白い塔の闇が、彼らをさらに深く呑み込んでいった。




