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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
リーネ編⑤四天王

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痛覚

白い塔の石床に、鮮血が滴り落ちていた。

リーネは禁忌魔法の反動に苛まれ、全身に痛みを刻まれていた。

ローザが彼女を抱き起こそうとした時、健司が駆け寄った。


「リーネ、大丈夫か!」


「け……んじ……わたし……」


唇が震え、声はか細い。体中に刻まれた傷は深く、呼吸一つするたびに血が滲み出す。


健司は迷うことなく手を翳した。


「大丈夫だ……僕に任せろ」


淡い光が彼の掌から溢れる。

それは回復魔法と呼ぶにはあまりに異質で――痛みだけを、確実に消し去る不思議な力だった。


「……痛みが……消えていく……」


リーネの目が驚愕に見開かれる。

傷口はまだ塞がっていない。出血も止まってはいない。だが、体を蝕んでいた激痛は嘘のように和らいでいた。


「治すことはできない。でも……痛みを取ることならできる」


健司は苦しげに微笑んだ。


その光景を見た一番槍が、槍を杖にして立ち上がる。

その眼差しには恐怖ではなく、不可解なものを見つめる色があった。


「……そんなのは、魔法じゃない」


乾いた声が響いた。


健司は振り返り、血で濡れた頬を拭った。


「何だって?」


「魔法は傷を癒すものか、痛みと共に生きさせるものだ。お前のそれは……理に反している」


男は目を細め、記憶を掘り起こすように呟く。


「そうか……ようやく腑に落ちた。お前、あの村の出身か」


「……村?」


魔女たちの間にざわめきが走る。


一番槍はゆっくりと口角を上げた。


「かつて魔女と人間が共に暮らしていた村があった。互いに手を取り合い、魔法と力を分かち合った理想郷。だが、それは裏切りと血に塗れて滅んだ」


健司の眉がわずかに動いた。


「……その村を、知っているのか?」


「知っているだけだ。」




「なら、ここで止める!」


男は最後の力を振り絞り、槍を投げ放った。


空気を裂く音が塔の広間に響く。

直線的な死の軌跡が、健司の胸を狙った。


「健司!」


クロエとリセルが同時に叫ぶ。


穂先は健司の脇腹をかすめ、血が飛び散った。

だが――健司は苦痛の声を上げなかった。


「……なっ」


一番槍の目が驚愕に見開かれる。


健司は何事もなかったかのように立ち尽くし、淡々と血を拭った。

顔には痛みの色が一切なかった。


「お前……」


一番槍は笑い出す。乾いた、狂気の笑みだった。


「魔女共、見ただろう? この男は痛覚がない! 果たして人間なのかな?」


その言葉は広間の空気を凍らせた。

仲間たちは健司を見つめる。恐怖ではない。ただ――理解できない異質さを目の当たりにした沈黙。


「……健司……」


クロエが前に出た。


彼女の顔は、普段の柔和さとはまるで違った。

冷たく、鋭く、氷よりも冷酷な瞳。


「……もう、いいわ。黙れ」


その声は刃のように鋭かった。


一番槍が何かを言おうとした瞬間、クロエの周囲に闇が渦巻いた。


「ダークソウル」


空間そのものが黒に呑まれ、男の姿が一瞬で掻き消えた。

断末魔も、武器の音もない。

ただ――存在そのものが無へと還った。


静寂が訪れる。


「……クロエ」


リセルが小さく呼んだ。


クロエは健司に視線を向けた。冷酷な顔はすぐに和らぎ、優しい微笑みへと戻った。


「大丈夫?」


健司は小さく頷き、腹を押さえながら答えた。


「平気だよ。慣れてる。」


「……慣れてる、なんて言わないで」


クロエは震える声で囁き、血を拭う健司の手を包んだ。


魔女たちは互いに視線を交わした。

健司の「痛覚がない」という事実は、不気味さよりも深い疑問を残した。


彼は本当に人間なのか。

それとも――


だが、その真実を探る前に、次なる戦いの足音が迫っていた。

塔の奥から、新たな気配がじわりと広がってきていた。




リーネはまだ重傷だったが、痛みを忘れさせる健司の力で安らかに眠っていた。

ローザがそっと肩を支え、囁く。


「あなたは……きっと、魔女を救うために生まれてきた人なんだね」


クロエは健司の横顔を見つめながら思う。

彼は痛みを知らないのではなく――痛みを「背負い続けている」のではないか。

自分に代わって、すべての痛みを抱えているのではないか。


その想いが彼女の胸に重く残った。


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