一番槍
白い塔の大広間。天井は高く、白亜の柱が規則正しく並び、戦場であることを拒むかのように静謐な美しさを放っていた。だが、その中央に立つ男がすべてを壊していた。
重厚な鎧に身を包み、背よりも高い槍を片手に構える。
四天王の一角、異名「一番槍」――その姿はまさに軍勢を貫く矛であり、圧倒的な威圧感が空間を支配していた。
彼が開口一番に吐き捨てた言葉は冷酷だった。
「……ああ、無駄なことを。魔女達が幸せになることなど、ありえはしない」
その言葉は剣より鋭く、矢よりも速く、健司たちの胸を突き刺した。
異様な空気が広がり、リセルもクロエも思わず互いを見た。
だが次の瞬間、彼女たちはさらに驚愕する。
――その異様さの源は、目の前の四天王ではなかった。健司だった。
彼の瞳には怒りでも恐怖でもない。まるで底のない光を秘め、静かに燃え立つような輝き。
リセルは小さく息を呑む。
「……健司?」
今まで一度も見たことのない気配だった。
健司は一歩前へ進み、静かに告げた。
「あなたみたいな人には分からない。……先入観でしか見ていないから」
槍の男が嘲笑した。
「ふん、魔女に騙されている愚か者が何をほざく?」
その挑発に応じるように、一歩前へ出たのはリーネだった。
「……黙れ」
低く押し殺した声。普段の彼女を知る仲間たちでさえ、背筋を凍らせる冷たい響き。
一番槍の瞳がわずかに細まる。
「ほう……リーネか。薬で実験された村の生き残り……」
その言葉は彼女の心の奥底に隠したはずの記憶を抉り出した。
リーネの全身を黒い怒りが駆け抜ける。震える肩を押さえられず、彼女の瞳は深い紅を灯す。
「……忘れるわけがない。あの日のことを。泣き叫ぶ声も、血の匂いも……全部」
「お前たちの正義とやらのために、いくつの命が消えたと思ってる!」
炎のように吐き出された叫びに、一番槍は眉一つ動かさない。
「無駄だ。弱きは淘汰される。それだけだ」
その瞬間、リーネの足元から黒い魔力が爆ぜた。
同時に、ローザが彼女の隣に歩み出る。
「リーネ……一人で背負うな。私も一緒に戦う」
リーネは彼女を一瞥し、わずかに震える声で頷く。
「……ありがとう、ローザ」
こうして、二人と四天王・一番槍との戦いの幕が切って落とされた。
「行くぞ」
一番槍の体が霞のように消え、次の瞬間、リーネの目の前に槍があった。
「ッ!」
咄嗟に魔法を展開するが、穂先はそれを容易く貫き、肩を裂いた。
血が散る。リーネの顔が苦痛に歪む。
「リーネ!」
ローザが剣で横から斬り込む。だが、その軌道さえも予測済みのように、槍が回転し、衝撃波で弾き飛ばされた。
「甘いな。魔女の攻撃は、すべて見慣れている」
リーネは歯を食いしばりながら詠唱する。
「アンチリジェクト!」
逆転の魔法が槍へ放たれる。
だが、男は嘲笑した。
「その程度で俺の槍を拒めるものか!」
魔法を弾き返し、逆にリーネを吹き飛ばした。
「くっ……!」
壁に叩きつけられた衝撃で息が詰まる。
「リーネ!」
ローザが支えるが、彼女自身もすでに腕に深い傷を負っていた。
男の槍技――それは「スピア」と呼ばれる一撃必殺の連撃。
槍の穂先が放つ衝撃波が、避けても避けても追いかけてくる。
「これが……一番槍……!」
ローザが悔しげに吐き捨てる。
「白い塔を越えられると思ったか? ここまで来た魔女たちは、皆この槍に沈んだ」
男は、冷酷に言い放った。
血を流しながら、リーネは床に膝をついた。
ローザも立ち上がるが、剣を握る手が震えている。
「ダークナイフ!」
彼女は影を刃と化し、無数の暗黒の短剣を放った。
黒い刃が雨のように降り注ぐ。
だが、一番槍は一歩も動かず、槍を回転させるだけで弾き払った。
「……戯れだな」
その余裕に、ローザの心が折れかける。
だが――リーネの瞳が燃えていた。
「……まだよ。まだ……終わっていない」
「リーネ?」
「禁忌に触れる魔法……アンチリカバリー……」
リーネの体が黒紫に輝き始める。
その魔法は、彼女自身の負った傷を、そっくりそのまま敵に返すというもの。
だが同時に――彼女自身も痛みを受け続ける、命を削る魔法。
「なに……これは?」
一番槍が眉をひそめる。
彼の脇腹が裂け、肩口から血が噴き出した。
「俺の体が……勝手に……ッ!」
リーネは血を吐きながらも叫ぶ。
「これが……あなた達が与えてきた痛み! 返してあげる!」
「リーネ!」
ローザは叫びながら駆け出す。
「お前ごと貫く!」
一番槍が最後の力を振り絞り、リーネに槍を突き立てた。
だがその瞬間――ローザがその背後に回り込む。
影が伸び、闇の刃が無数に浮かび上がる。
「これで……終わりだ! ダークナイフ!」
影の短剣が一斉に槍の隙間を突き、鎧を貫いた。
男の瞳が見開かれる。
「馬鹿な……俺が……魔女ごときに……!」
次の瞬間、全身が崩れ落ちた。
白い塔の床に重い音を立てて倒れ込む。
槍が砕け散り、血が広がった。
「……リーネ!」
ローザが駆け寄ると、リーネは血だらけの顔で笑っていた。
「……勝ったの……?」
「ええ、勝ったわ。あなたのおかげで」
リーネは目を閉じ、息を整えながら呟いた。
「……あの日の痛みを……返せた……」
その背後で、健司たちが駆け寄ってきた。
「二人とも……よくやった!」
リーネはわずかに笑い、ローザは剣を収めた。




