白い塔に向けて
翌朝、リヴィエールの街には早朝の冷たい風が流れていた。
昨夜の穏やかな時間とは打って変わり、街の広場には緊張した気配が漂っている。健司と「アスフォルデの環」の魔女たち、そしてクロエは荷をまとめ、北西にあるホワイトヴェルを目指すため出発の準備を整えていた。
「……いよいよだね。」
クロエが肩に掛けた杖を握りしめながら、小さく呟く。
健司は頷き、仲間たちを見回した。カテリーナ、リーネ、エルネア、そしてクロエ――皆、すでに覚悟を決めているように見える。だが、その視線の先に思わぬ影が立ち塞がった。
「待て、健司。」
低く鋭い声。振り向くと、そこにいたのはリズリィ、クラリーチェ、ノイエル、ヴァルディア――かつてカリストの審問官として刃を交えた魔女たちだった。
「……おまえたち。」
リーネが眉をひそめ、構えを取る。空気が一瞬で張り詰めた。
リズリィが一歩前に出る。かつての残忍さを思わせる鋭さを残しつつも、その瞳はどこか澄んでいた。
「過去を断ち切るためだ。……私たちも行かせろ。白い塔の奴らだけは、どうしても許せない。」
クラリーチェも口を開いた。
「同じくよ。あそこは私たちの心を縛った場所……今度こそ終止符を打ちたい。」
ノイエルは冷静な口調で続ける。
「かつて敵対したことは承知している。だが、私たちはもうあの枷に従うつもりはない。真実をこの目で確かめるために、同行させてくれ。」
最後に、ヴァルディアが重々しく言葉を落とした。
「白い塔を放置すれば、再び同じ悲劇が繰り返される……健司、お前なら分かるはずだ。」
健司は少し黙ってから、ゆっくりと頷いた。
「なるほど……分かりました。いいですよ。」
その言葉に、リーネが鋭く割り込んだ。
「健司!大丈夫なの?彼女たちは……敵だったのに!」
リーネの眼差しは、かつて戦った傷の痛みを思い起こしているようだった。仲間を守ろうとする本能的な拒絶。だが健司は迷わなかった。
「大丈夫だよ。」
彼は真っ直ぐに答えた。
「彼女たちは変わった。……少なくとも、僕はそう信じている。もし僕の判断が間違っていたら、その時は僕が責任を取る。」
その言葉に、沈黙が流れる。
やがてリーネはため息をつき、杖を下ろした。
「……そこまで言うなら、信じるしかないわね。あなたの選んだ道を。」
新たに加わった四人の魔女たちと共に、健司たちは街を後にした。
街道を進む一行の空気は、決して和やかとは言えなかった。
かつての敵と肩を並べることに、古参の魔女たちは複雑な感情を抱いている。リセルは警戒心を隠さず、クロエは表情を引き締めて歩いている。
一方で、リズリィやクラリーチェも余計な言葉を発さず、沈黙を守っていた。ノイエルとヴァルディアも同様で、互いに距離を置いている。
その沈黙を破ったのは、クロエだった。
「……ねえ、本当に変わったの?」
リズリィがわずかに振り向いた。
「変わった、というより……変わらざるを得なかったんだ。あの時、健司に敗れたことで、自分の弱さを思い知らされた。……そして、初めて自由になれた気がした。」
クラリーチェも続く。
「私たちは、ただ命じられるままに戦っていた。誇りも、意思も持たずにね。でも、あの日からは違う。もう一度、自分の生き方を選びたいの。」
クロエはその言葉を黙って聞いた。心の中でまだ完全には信じられなかったが、彼女たちの瞳に嘘がないことも感じ取っていた。
健司は歩きながら微笑み、言葉を添えた。
「過去は消せない。でも未来は選べる。だからこそ、僕たちは一緒に行くんだ。」
その言葉に、ほんの少しだけ一行の空気が和らいだ。
リヴィエールの高台から、その光景を見つめる影があった。ラグナとアナスタシアだ。
アナスタシアは腕を組み、不安げに眉を寄せる。
「……大丈夫かしら。あの四人を連れて行くなんて。」
ラグナは空を仰ぎ、淡々と答える。
「簡単にはいかないさ。ホワイトヴェルは、ただの国じゃない。東西を繋ぐ唯一の地。権謀と策謀が渦巻く場所だ。」
アナスタシアは唇を噛む。
「真実を目の当たりにしても……彼らは、今のままでいられるのかしら。」
ラグナは目を細め、遠ざかる健司たちを見送った。
「それが試練だろう。だが、もし彼が……健司という人間が乗り越えることができれば――」
そこで言葉を切り、彼は小さく笑った。
「……新しい時代が、来るのかもしれない。」
アナスタシアは黙って頷いた。
二人はその背を見届けることしかできない。だが、その胸には確かに期待と不安が入り混じっていた。
こうして、一行はホワイトヴェルへと旅立った。
そこに待ち受けるのは、白い塔の真実か、それともさらなる闇か――。
彼らはまだ知らない。
だが確かに、歴史を変える歩みが始まっていた。




