幼馴染ミナの存在
リヴィエールの夜は、静かだった。
カリオペと同盟を結んだその日の夜、街は不思議な安堵と緊張が入り混じる空気に包まれていた。魔女たちはそれぞれの居場所に戻り、明日を思いながら眠りにつこうとしていた。
健司は、リヴィエールの一角にある小さな家に身を寄せていた。
その家には、クロエも同じように泊まっている。仲間として、そして「彼を見守る」立場として。
家の灯りは、揺れるランプの炎だけ。
外では小川のせせらぎがかすかに聞こえ、月明かりが窓から射し込んでいた。
クロエはベッドに腰かけ、何か考え込んでいる様子だった。健司は椅子に座り、今日の出来事を振り返っていた。
やがて、クロエがぽつりと口を開いた。
「ねえ、健司。……孤高の魔女って、あなたが昔お世話になった人なの?」
健司は、少し驚いたように顔を上げた。
クロエの声は穏やかだったが、どこか探るような響きを含んでいた。
「そうだよ。あの人は……ずっと一人でいたけど、僕にとっては、素晴らしい人だった。」
「……素晴らしい?」
クロエの瞳が、淡く揺れるランプの光を映す。
彼女は「魔女」という言葉に対して常に慎重で、時に猜疑心を抱くこともあった。だからこそ、健司がそう評するのが不思議でならなかった。
健司は、ゆっくりと思い出をたどるように語った。
「あの人は、魔女がどうのこうのって言わなかった。ただ、一人の人として僕に接してくれたんだ。……それに、ミナがいたしね。」
その名を口にした瞬間、クロエの雰囲気が少し変わった。
彼女は首を傾げ、わずかに声を落とした。
「……ミナ?」
健司は、どこか遠くを見るような目をした。
「幼馴染なんだ。小さいころから一緒にいて……でも、ある日、いなくなってしまった。僕はずっと探してる。旅に出たのも、そのためなんだ。」
クロエは、しばらく黙って健司の横顔を見ていた。
炎の光に照らされたその表情は、懐かしさと寂しさを帯びている。彼の心の奥には、まだ埋まらない穴があるのだと感じた。
「……なるほどね。」
クロエは小さく笑った。
「ホワイトヴェルに、手掛かりがあるかもしれないわ。」
「そうだね。」
健司は頷いた。だが、その声にはどこか自信のなさがにじんでいた。
しばしの沈黙。小川の音とランプの揺らぎだけが、二人の間に流れる。
やがて、クロエは自分でも驚くような言葉を口にした。
「健司、もし……そのミナって人が見つからなかったら、どうするの?」
健司は瞬きをした。想定していなかった問いに、少し言葉を探す。
そして、正直に答えた。
「それでも探すよ。どこにいるか分からなくても、諦めることはできない。……あの人は、僕の大切な人だから。」
クロエの胸が、少しだけざわついた。
彼女は視線を逸らし、窓の外の月を見上げた。
「……大切、ね。」
それは嫉妬に似た感情だったかもしれない。
彼女もまた健司のそばにいる。ともに戦い、傷を負い、支え合ってきた。けれど、彼の心には今も「幼馴染」が住んでいるのだ。
健司は気づかぬまま、クロエに微笑んだ。
「クロエも、ありがと。こうして話を聞いてくれるだけで、僕は少し救われるんだ。」
クロエは頬を染め、唇を噛んだ。
――ずるい人。
そんな言葉が喉元まで出かかったが、彼女は飲み込んだ。
ランプの炎がゆらぎ、夜は深まっていく。
やがて二人は「おやすみ」と言葉を交わし、それぞれの場所で横になった。
しかし、クロエの瞳はしばらく閉じなかった。
健司が「ミナ」と呼んだその存在が、心の中で何度も響き続けたからだ。
――ホワイトヴェル。
彼女は密かに決意を固めた。
健司が望むものを見つけるために。そして、自分の気持ちにけじめをつけるために。
こうして、長い一日がようやく終わりを迎えた。
だが、彼らの旅はまだ続く。
過去を追い、未来を探す――その夜が、静かに更けていった。




