ホワイトヴェル
大陸の中央に位置する白い塔の国――ホワイトヴェル。
西の諸国と東の大地を結ぶ唯一の国であり、交易の要衝として栄えていた。巨大な白亜の塔は国の象徴であり、同時に東西をつなぐ関所の役割も果たしている。
この国に王は存在せず、領主ブラッジが実質的な支配者として君臨していた。
彼は戦士というよりも調停者であり、力よりも交渉によって国をまとめ上げる手腕に長けていた。だが近頃、その安定に不穏な影が差していた。
「……ソールからの連絡が途絶えているのか」
白き塔の最上階、執務室にてブラッジは側近の報告を受けた。
「はい。三日前に定期の伝令があるはずでしたが、まったく音沙汰がなく……」
ソール。東方の拠点を預かる彼は、ブラッジの腹心の一人だ。冷静沈着な彼が連絡を怠るなど、本来なら考えられない。
「嫌な気配がする……」
ブラッジが窓から遠く西の地平を見やったその時、階下から慌ただしい足音が響いた。
「領主様、大変です!」
扉を乱暴に開け放ち、伝令兵が駆け込んでくる。
「孤高の魔女が、関所に現れました! 『通らせろ』と……」
「孤高の魔女……?」
ブラッジの目が細まった。
彼女の名は知れ渡っている。大陸に幾多もいる魔女の中でも、とりわけ群れることを嫌い、ただ一人で各地を渡り歩く存在。目的も思想も不明。だが、出会った者の多くが口を揃えて「底知れぬ強さ」と「恐るべき眼差し」を語る。
「……よかろう。すぐに私が出向く」
白い塔の前にはすでに兵士たちが集まっていた。彼らの前に立つのは、一人の女。
漆黒の外套を纏い、銀色の髪を肩まで垂らした冷たい印象の魔女――孤高の魔女。
彼女は剣でも杖でもなく、ただ己の存在そのものを武器として放つように堂々と立っていた。
「孤高の魔女よ……この国を通る理由を聞かせてもらおう」
ブラッジが歩み出る。
「理由? お前に説明する必要があるのか?」
魔女は薄い唇に笑みを浮かべた。
その目に宿るのは挑発か、あるいはただの退屈しのぎか。
「……いや、必要はあるだろう」
ブラッジは視線を逸らさず応える。
「ここは東西を結ぶ唯一の国。無秩序に通すことは、戦火を呼び込む」
「ふふ……」
孤高の魔女は手を掲げると、淡い光を生み出した。
――月光。
冷たく青白い光が広がり、兵士たちは思わずたじろぐ。
「これは……セレナが使っていた月魔法……!」
ブラッジの背後で誰かが声を上げた。
さらに孤高の魔女は、地面を軽く踏みしめる。途端に足元の石畳が歪み、重力に引き裂かれるように沈み込んだ。
「ラグナの重力魔法……!」
そして、空にかざした手からは、まばゆい陽光が溢れ落ちる。
白昼の空をさらに照らし、兵士たちは目を細めた。
「太陽の魔法……ソレイユの……!」
次々と繰り出される魔法の数々に、周囲は騒然となった。
それらはすべて――健司と共にある魔女たちが操る力。
「ぐ……なぜ、お前がその魔法を……!」
ブラッジが低く唸る。
孤高の魔女はにやりと笑った。
「やはり知っていたか。お前が彼らを注視していることも、そして恐れていることも」
「……」
「もうすぐ、彼らはここに来る。西から、確かに」
孤高の魔女は背を向け、ひらりと外套を翻す。
「それじゃあな」
そう言い残し、彼女は迷いなく西へ歩み去っていった。
兵士たちがざわつく中、ブラッジはただ黙して彼女の背を見送った。
「領主様……どういたしましょう?」
側近が不安げに問う。
「……奴らがここに来るということは、準備が整ったということだ。」
ブラッジは低く答える。
「だが、それは悪いことばかりではない。強き者を知り、試すのもまた国の役目だ」
彼の目に一瞬、獰猛な光が宿る。
「安心せよ。我らには切り札がある」
「切り札……?」
「カリオペの妹を、我らは捕らえている」
その名を聞いた瞬間、側近の表情が強張った。
カリオペ――大陸でも名高い魔女の一人。カリストの王である彼女の名は、誰もが知っていた。そして、その妹を人質にしていることは、ごく一部の者しか知らぬ秘密。
「奴らとて無謀に挑むことはできまい。我らの手にある限りはな……」
ブラッジの声は低く、しかし自信に満ちていた。
だが、彼の内心には重い影が差していた。
孤高の魔女が見せたあの力は、ただの模倣に過ぎぬのか、それとも……。
答えは、遠からずやってくる。




