同盟
森の奥は、まだ昨夜の煙と血の匂いを残していた。
大樹の根元に身を寄せるカリオペたち三人の魔女は、疲れ切った表情で短い休息を取っていた。
「……やっと静かになったわね」
蒼白な顔をしたハートウェルがため息をつく。肩には裂傷があり、魔力の消耗で治癒もままならない。
「静かすぎるくらいよ」
カリオペは背後の闇を睨みながら答えた。戦闘の余韻が消えた夜ほど、危険なものはない。油断すればすぐに命を奪われる。それがカリストと周辺の魔女たちの世界だった。
だがその緊張を破るように、枯葉を踏む音が森に響いた。
――誰かが来る。
「ッ!」
カリオペは即座に杖を構え、仲間二人も立ち上がる。
やがて木々の間から現れたのは、見慣れぬ青年と……その背後に見覚えのある強者たちだった。
「健司……!」
カリオペは眉をひそめる。その隣に立っていたのは、カリストが誇る最強――ラグナ。そして、かつて敵として名を馳せたアナスタシア。
「……何のつもり?」
森の空気が一気に張り詰め、臨戦の構えを取る。
健司は両手を広げ、落ち着いた声で言った。
「戦うつもりはありません。ただ……昨日、知り合いの魔女の気配を感じたんです。確かめに来ました」
「知り合い……?」
グルバルが険しい表情で問い返す。
そのとき、ラグナが口を開いた。
「……孤高の魔女のことか」
森の空気が凍りついた。
「孤高?」
健司は小さく首を傾げた。
「……ああ。確かに、彼女はいつも一人でした」
カリオペの目が大きく見開かれる。
「あなた……孤高の魔女を知っているの?」
健司は小さく息を吐き、真摯にうなずいた。
「ええ。助けてもらったことがあります」
三人の魔女は互いに視線を交わした。孤高の魔女――その名を知る者は少なく、知っていたとしても近づこうとはしない。彼女は群れることを拒み、力を示すことも求めず、ただ一人で在り続ける。孤独を選び、孤独に徹する。だからこそ「孤高」と呼ばれてきた。
そんな存在に「助けられた」と言える者など、まずいない。
カリオペはしばし沈黙したのち、杖を下ろした。
「……信じられない話ね。でも、孤高の魔女があなたを認めたというのなら……私たちも信じよう」
「カリオペ!」
グルバルが声を上げる。
「軽々しく信用していいのですか!?」
「軽々しくじゃないわ」
カリオペの瞳は真剣だった。
「孤高の魔女が人を助けるなんて聞いたことがない。それをしたのが健司なら……彼は特別よ」
健司は一歩進み、頭を下げた。
「ありがとうございます。……改めて、よろしくお願いします」
その誠実な仕草に、場の空気が少し和らぐ。
だが、別の場所で見守っていたカテリーナが、息を呑んでいた。
「……嘘でしょう。あの孤高の魔女すら……知り合いだなんて」
彼女は唇を噛んだ。健司が出会い、心を通わせてきた魔女たちは、どれも常識を覆す存在だった。アナスタシアすら彼に敗北を認め、今は並んで歩いている。そして今度は、孤高の魔女――誰も近づけなかった伝説の存在さえも。
「健司……あなたはいったい、どこまで……」
カテリーナの胸は驚きと、わずかな嫉妬にも似た感情で揺れていた。
ラグナが低く笑う。
「面白いな。孤高の魔女が認めた人間か……ますます興味が湧いた」
アナスタシアは横目で健司を見やり、静かに微笑んだ。
「やはり、あなたはただの人間じゃない」
その場の魔女たち全員が、改めて健司という存在の異質さを思い知らされる。
彼は戦いを好まず、ただ誠実に向き合う。それだけなのに――人と人、人と魔女、魔女と魔女を繋いでしまう。
森の風が通り抜ける。
緊張と安堵の狭間で、カリオペたちはようやく腰を下ろした。
その夜、焚き火を囲みながら語り合う彼らの姿は、昨日の激しい戦いが嘘のように穏やかだった。
――だが、これが嵐の前の静けさにすぎないことを、誰もまだ知らなかった。




