孤高の魔女
「カリオペ様、大丈夫ですか!」
ルーイとネラスが駆け込んだ。息を切らしながらも、すぐに周囲に警戒を張り巡らす。結界を張り、気配を探る。だが、どこにも異常は見当たらない。
先ほどまで確かに、あの場には――人智を超えた“何か”がいたのだ。
「今のは……一体?」
ネラスが蒼白な顔で呟く。カリオペの肩を支えながら、震えを隠せない。
「分からない。ただ、あれは……」
カリオペの声は掠れていた。彼女ほどの魔女が、ここまで動揺しているのは異例だ。
「ラグナの魔法、そのものだった。だが――ラグナは確かに、私たちと対立はしていた。だが、力を行使することはなかった」
「じゃあ、今のは……?」
ルーイが問いかけると、カリオペは首を振る。
「違う。ラグナではない。だが、確かにラグナの力を感じた。……いや、それ以上だ」
その言葉に、グルバルとハートウェルが顔を見合わせた。二人の老練の魔女でさえ、背筋が凍る。
「……何物なんだ?」
「健司なのか? 否……恐ろしく強い。あれは人間の域を超えている」
恐怖。
それは未知に対する畏怖でもあった。
「危険すぎる……」
ハートウェルの声は低く沈み、誰も反論できなかった。
――その一方で、リヴィエール。
アナスタシアとラグナは、同時に顔を上げた。
「……気づいた?」
ラグナの低い声に、アナスタシアは頷く。
「ええ。まさか、あの魔女が……来たの?」
「そうとしか思えない」
ラグナの表情が強張った。彼女は冷徹無比、カリスト随一の力を持つ“裁断者”として知られる。しかし、今はその瞳に微かな怯えすら宿っていた。
「……あの魔女、って?」
クラリーチェが問う。彼女は常に冷静だが、今ばかりは眉根を寄せている。隣でリズリィも苛立つように唇を噛んでいた。
「孤高の魔女――」
アナスタシアが静かに言い放った。
「トップ4に入る、化け物よ」
その場の空気が一変した。クラリーチェも、リズリィも、一瞬だけ言葉を失う。トップ4――その響きは特別だ。
魔女たちの世界における序列。その頂点に立つのは数えるほどしかいない。その存在は歴史と伝説に混じり、恐怖と敬意の象徴だった。
「孤高の魔女……」
クラリーチェは吐き出すように呟いた。
「西の勢力に属する一人、か」
「そう。彼女は群れない。常に一人で動く。けれど、その一人が動く時、戦場は塗り替えられる」
ラグナの声は硬い。
「かつて、白い塔と西の連合軍が衝突したとき、彼女一人の参戦で戦況が逆転した。たった一夜で――都市がひとつ、消えた」
「……化け物ね」
リズリィが舌打ちした。
「けれど、なぜ今? なぜ、ここに?」
アナスタシアが問いかけると、ラグナは目を細めた。
「理由は分からない。ただ……健司に引き寄せられた可能性はある」
その名を聞き、場にいる全員が再び沈黙した。
健司――
彼の存在が、いまや魔女たちの均衡を崩しつつある。




