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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
リーネ編②孤高の魔女

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健司ではない何か

森の奥に、篝火が点々と揺れていた。

カリオペ率いるカリストの大軍は、行軍の合間の休息を取っていた。兵士たちの鎧は湿った空気で鈍く光り、魔女たちは焚火の傍らで魔力を整えている。


深い森にこだまするのは、虫の声と、時折交わされる囁き声。だが、その場の空気は決して穏やかではなかった。


焚火の影に立つ二人の魔女――グルバルとハートウェルが、険しい表情を浮かべていた。


「カリオペ様……なぜなのですか?」


グルバルが押し殺した声で問いかけた。彼女の眉間には深い皺が刻まれている。


「私も同じ気持ちです」


隣でハートウェルが静かに続ける。


「アスフォルデの環の魔女たちを認めることには異存はありません。彼女たちの力は確かです。しかし……あの健司という人間だけは、どうしても認められません」


焚火の火の粉がはぜ、赤い光が三人の顔を照らした。

カリオペは長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「今は……耐えてくれ」


その声は低く、しかし力強かった。


「私たちの最大の敵は誰だ? ――白い塔だ。あそこを破壊するまでは、些細な感情に囚われるな」


グルバルは唇を噛み、拳を握りしめた。


「しかし……!」


カリオペの視線が彼女に向けられる。その冷たい眼差しに射抜かれ、グルバルは言葉を飲み込んだ。


「白い塔は、この世界の根幹を歪める存在だ。奴らは『血』を利用し、思想を利用し、人々を操ってきた。我らが戦うべきはそこだ」


ハートウェルは俯きながらも、なお諦めきれない様子で呟いた。


「……ですが、あの男は危険です。健司という存在が、この均衡を乱すのではないかと」


カリオペは目を閉じ、短く息を吐いた。


「危険だとも。だが同時に……あの男が、未来を変える鍵でもある」


そう告げられた瞬間だった。


森の奥から、足音が近づいてきた。


規則正しい、しかし不気味に重い足取り。

兵たちが顔を上げ、武器を手にする。焚火の光に浮かび上がったその人物の姿を見て、誰もが息を呑んだ。


「……健司?」


思わずグルバルが名を呼んだ。

そこに現れたのは、健司によく似た男だった。顔立ちも体格も酷似している。だが、雰囲気がまるで違う。


本物の健司が纏うのは穏やかさと温かさだ。だが、目の前の男は冷酷な威圧感を纏っていた。瞳には光がなく、ただ黒い深淵のような冷たい輝きが宿っている。


男は足を止め、静かに彼女たちを見渡した。


「……君たちは危険だと思った」


その声は健司のものに酷似していた。だが、響きは硬質で、冷たい刃のようだった。


「だから、力を見せることにした」


言葉と同時に、周囲の空気が揺らめいた。

重力だ。大地が軋み、篝火が潰れたように炎を縮める。兵士たちは膝をつき、呻き声を上げた。


「ぐっ……!」


グルバルも思わず地に手をついた。全身に鉛の塊を押し付けられたかのような重圧。


「これは……ラグナの……!」


ハートウェルが驚愕の声を上げる。


そう、これは間違いなくラグナの魔法――重力を操る力。

だが、どうして健司に似たこの男が使えるのか。


「ありえない……!」


グルバルの声が震える。


男は無感情に言い放った。


「認めることだ。健司を」


言葉は短い。しかしその響きは、重力以上の圧力となって場を支配した。


兵士たちが怯えた目でその姿を見つめる中、男は踵を返した。森の奥へと、音もなく消えていく。


重圧が解かれると同時に、全員が大きく息を吐いた。

汗で濡れた額を拭いながら、グルバルは震える声で呟く。


「今のは……何だったのですか……」


ハートウェルは唇を噛んだまま答えられない。

ラグナの力を操る健司の影。それは彼女たちの理解を超えていた。


カリオペはただ、沈黙を守っていた。だが、その目には深い疑念と危機感が浮かんでいた。


――あれは、本当に健司だったのか。

それとも、ラグナが作り出した幻影か。


もしも健司の姿を借りて現れる存在があるのだとしたら、それは単なる偶然ではない。


「……この戦いは、思っていた以上に厄介になる」


カリオペは、焚火の残り火を見つめながら、低く呟いた。


彼女の心の奥で、予感が膨らんでいく。

この戦いの先に待つのは、単なる白い塔の崩壊ではない。

もっと深い闇――この世界そのものを揺るがす何かだ。


そして、その中心に、健司がいる。

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