断絶の先にあるもの
空はどこまでも青く、風は草原をなでるように吹いていた。
健司たちは小さな丘の上に腰を下ろし、今日の宿を探そうとしていた。
クロエは魔力の気配を感じ取りながら地図を広げ、ミイナはその横で静かに目を閉じて周囲を探っていた。
「この先の林を抜けたところに、泉があるわ。水も確保できるし、今夜はそこにしましょう」
クロエの提案に、健司はうなずいた。
「いいね。人も来なさそうだし、魔女にとっても落ち着ける場所だと思う」
「ふふ、ずいぶん“魔女目線”が身についてきたじゃない」
軽口を叩いたそのときだった。
――空気が変わった。
まるで周囲の温度が一気に下がったように、冷たい気配が背中を撫でる。
「健司、下がって!」
クロエが叫んだと同時に、地面が爆ぜた。
黒い弾丸のような魔力が、健司を正確に狙って放たれていた。
「《闇の盾》!」
ミイナが両手を掲げ、漆黒の盾を作り出す。
魔力弾が盾にぶつかり、砕ける音が響いた。
「……誰?」
健司が呟いた。
舞い上がる砂煙の中から、二人の女性が現れた。
ひとりは赤い外套を羽織り、冷たい眼差しのヴェリシア。
もうひとりは全身黒に包まれ、瞳に光のない魔女――ローザだった。
「人間、ここで死んでもらう」
ローザが呟くと同時に、次の攻撃が放たれた。
今度は無数の黒い針が、空を裂くように健司に向かって飛来する。
「《幻影幕》!」
クロエが間一髪で魔法を発動し、健司の姿を幻で覆う。
針は空を穿つだけで、誰にも当たらなかった。
「やめて、ローザ!」
クロエが叫んだ。
「健司は敵じゃない!」
「敵じゃない?」
ローザは嘲笑した。
「だったらなぜ、あの夜、私の村を見殺しにした? 人間は恐れ、排除するだけの存在」
「健司は違う!」
ミナも声を上げる。
「彼は私たちを信じてくれた。闇の力を持つ私にすら……!」
だが、ローザの攻撃は止まらない。
彼女の怒りは、もう言葉では届かない場所にあった。
「人間と共にある者も、同罪。感情など、記憶にすぎない!」
ローザの両手が黒く染まり、地面に触れると、大地から闇の蔓が生え、健司たちを絡め取ろうとする。
「クロエ、ミナ、俺に近づいて!」
健司は叫んだ。
「《共鳴・心域》!」
彼の手から淡い光が広がり、三人を包み込む。
共鳴する心の波動が、ローザの攻撃を弾いた。
「……っ!」
ローザの足元が揺れる。
彼女はほんの一瞬、立ち止まった。
その隙を逃さず、クロエが前に出た。
「お願い、聞いて。ローザ、私はあなたのことを知っている。あなたの痛みも、失ったものも――」
「やめろ!」
ローザが叫ぶようにして魔力を放つ。
だが、それは先ほどまでの鋭さではなかった。
健司の能力と、クロエとミナの想いが、彼女の中で何かを揺らしはじめていた。
「……ローザ」
ヴェリシアが初めて口を開いた。
「もういいわ。引くのよ」
「でも……!」
「今のあなたでは、彼に勝てない。ただの力では、彼の“心”には届かない」
ローザは唇を噛みしめた。
その目に宿っていた激情が、ほんの少しだけ、揺らいでいた。
⸻
戦いが収まり、静寂が戻った。
クロエは健司の前に立ち、傷がないことを確認する。
「……大丈夫?」
「ああ。みんなのおかげで、なんとか」
ミナも安堵の息をつく。
その姿を見て、ヴェリシアはわずかに目を細めた。
「健司。あなたの在り方は、私にはまだ理解できない。けれど……今日のあなたを見て、クロエが信じる理由が少しだけわかった気がする」
「ありがとう。でも、まだ何もできてない。これからだよ、きっと」
ヴェリシアはそれ以上何も言わず、ローザの肩に手を置いた。
「戻りましょう、ローザ。あなたも少し、心を休めなさい」
「……はい」
その返事には、わずかながらも“迷い”が宿っていた。
二人の背中が遠ざかる。
クロエはその姿を見送りながら、呟いた。
「いつかきっと、わかってくれる日が来るわ。人間と魔女が、心から向き合える日が――」
健司は静かにうなずいた。
そして、彼の中にある“決意”が、またひとつ強くなっていた。




