話し合い
やがて、街の門を開き、迎え撃つように健司たちが並び立つ。
先頭に立って進んできたのは、漆黒の外套をまとい、金色の髪を風になびかせる一人の女性。
「……カリオペ」
アナスタシアが低く呟いた。
その名を聞いて、周囲の魔女たちもざわめく。
彼女こそ、カリストの頂点に近い地位を持つ魔女。冷徹な審問官を束ね、純血を掲げる国を率いる存在のひとりだった。
だが、彼女の表情には、意外にも敵意の色は薄かった。
視線は鋭いが、剣を抜くでもなく、歩みを止めて健司たちを見渡す。
「……話がある」
カリオペが静かに口を開いた。
「話?」
健司は眉をひそめる。
「そうだ。ここに戦を仕掛けに来たわけではない。むしろ、その逆だ」
「……逆?」
カリオペは一拍置いてから言葉を続ける。
「ソールの雇い主が、我らに宣戦布告してきた」
その言葉に、空気が凍りついた。
宣戦布告――。
「ソール……あの審問官の背後にいた者ですか?」
カテリーナが低く問う。
「そうだ。奴の背後にいる勢力が、ついに表に出た。私の妹を人質にとり、こちらに要求を突きつけてきた」
淡々とした口調だったが、その瞳にはわずかな怒りが宿っていた。
「要求?」
クロエが目を細める。
「――健司と私を差し出せ、とな」
どよめきが広がる。
「は?」
クロエは思わず声を荒げた。
「なんで健司なのよ?あんたならまだしも……」
カリオペは苦笑することなく答える。
「魔女と仲良くしている人間が気に食わぬのだろう。魔女と人間の垣根を揺るがす存在は、彼らにとって最大の脅威だ。だからこそ、私と共に健司を所望した」
クロエは言葉を失い、健司の隣で唇を噛みしめた。
「……だから何だ?」
ラグナが低く問う。
その声には鋼の響きがあった。
「だから、だ」
カリオペは視線を巡らす。
「審問官としての軋轢を、ここで水に流してはもらえぬか。共に立ち向かうために」
アナスタシアの眉がぴくりと動いた。
彼女は長く審問官と戦ってきた。仲間を奪われ、追われ、憎しみを積み重ねてきた。その彼女にとって、いきなりの和解の提案は容易に飲めるものではない。
健司は一歩前に出る。
「……水に流すのは、簡単なことじゃない」
彼ははっきりと言った。
「だけど……血統にこだわらないのなら、話は聞けると思います」
その言葉に、カリオペの瞳がかすかに揺れた。
その瞬間、カリオペの背後にいた二人の魔女が一歩前に出る。
片や逞しい体躯を持つ女戦士、グルバル。
片や冷たい美貌を持つ知略家、ハートウェル。
二人は、カリオペの側近として名を馳せる審問官だ。
「ふざけるな!」
グルバルが怒声を上げた。
「水に流すだと?この者たちは我らの敵だ!血統を汚す者に、屈するなどあり得ぬ!」
「その通りです」
ハートウェルも冷ややかに言葉を重ねる。
「人間ごときと手を結ぶなど、恥辱そのもの。仮に白い塔の国が動いたとしても、我らは誇りを曲げるべきではありません」
空気が一気に殺気を帯びる。
アナスタシアもアウレリアも、即座に魔力を込め、応戦の構えを見せた。
「……カリオペ」
健司は静かに問いかける。
「あなたはどう思っているんですか?」
カリオペは一瞬だけ目を閉じた。そして、再び開いた瞳には揺るぎない光が宿っていた。
「私は……生き延びたい。妹を救い、この国を守り抜きたい。そのためなら、過去の確執を飲み込む覚悟はある」
その声に、グルバルとハートウェルが同時に顔をしかめた。
「カリオペ様!」
「そのような軟弱な考え……!」
緊張は頂点に達し、いつ剣が交わされてもおかしくない空気になった。
その場に、ミリィが震える声を上げた。
「や、やめてよ……!今、戦ってる場合じゃないでしょう……!?」
彼女の必死の声に、リーネも頷いた。
「そうです。敵は別にいる……。白い塔の国が動いたのなら、私たちが争えば、すべて向こうの思うつぼです」
ラグナも腕を組んで低く言った。
「……確かに理はある。だが、血統の呪縛を捨てられぬのなら、共闘などあり得ぬ」
カリオペは深く息を吐き、二人の側近を振り返る。
「グルバル、ハートウェル。私は決めた。――彼らと手を組む」
二人の顔が、驚愕と怒りで歪んだ。
「カリオペ様……!」
カリオペは毅然と前を向く。
「敵は外にある。誇りを守るために滅ぶのでは意味がない。私は、妹を救い、未来を選ぶ」
健司はその横顔を見つめながら、小さく呟いた。
「……あなたの覚悟、確かに受け取りました」




