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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
リーネ編①カリスト

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カリストの大軍

リヴィエールの夜は静かだった。水路を流れる水の音が、まるで街全体を包み込むように響いている。だがその静けさは、外の世界で起きつつある嵐の前触れに過ぎなかった。


 健司たちは広間に集まっていた。アナスタシアの館に、ラグナをはじめ、リセル、クロエ、カテリーナ、そしてミリィら魔女達が揃っている。まるで時代の節目を決める評議のようだった。


 健司は黙ってラグナを見ていた。審問官の一人として恐れられる魔女。その彼女が、今は対話の場に座していることが不思議でもあり、また必然のようにも感じられた。


「ラグナさん、教えてください」

 

健司は口を開いた。


「どうして、血統をそこまで憎んでいるのですか?」


 問いは素直な疑問だった。ラグナが敵として現れた時、その憎しみは狂気にも近いほど濃かった。だが、彼女は今、健司と同じ卓を囲んでいる。


 ラグナはしばらく沈黙した。蝋燭の火が彼女の横顔を照らし出す。頬の影がわずかに揺れ、重い声が響いた。


「西の勢力はご存じ?」


「西……」


 健司は首を傾げた。


「そもそも西に行くには、険しい山を越えなければならないですよね?」


 ラグナはゆっくりと頷いた。


「その通り。だが唯一の道がある。……白い塔を越えることだ」


 白い塔。その名が広間に落ちると、誰もが小さく息を呑んだ。


「白い塔?」

 

健司は聞き返した。


「どんな場所なんです?」


「監獄だ」

 

ラグナの声は苦々しい。


「そこには数多の魔女が囚われている。血統を持つ者はすべて捕らえられ、研究材料として弄ばれる。愛も誇りも奪われ、ただの『実験体』にされるのだ」


 健司は目を見開いた。想像すらしていなかった光景が脳裏をかすめる。


「そんな……」


「私の姉も、白い塔に連れて行かれたことがある」

 

ラグナの目が揺れた。普段の冷徹な仮面を剥がし、彼女は初めて己の傷を吐き出す。


「帰ってきたときには、もう……姉ではなかった。人としての心を削がれ、ただ命令に従うだけの存在にされていた。血統を持つ者であるがゆえに……だ」


 広間は重苦しい沈黙に包まれた。リセルがそっと唇を噛みしめ、クロエは目を伏せる。カテリーナですら、目を逸らすようにして沈黙していた。


「だから憎んでいたんですね」

 

健司の声は小さかった。


「血統そのものを……」


「そうだ」

 

ラグナは頷いた。


「血統がある限り、白い塔は動き続ける。だから私は――血統を憎むことでしか、姉の無念に報いることができなかった」


 健司は拳を握った。血統のせいで、愛する者が奪われた。ラグナの憎しみは理解できる。だが――。


 その時、扉が荒々しく開かれた。


「健司!」

 

駆け込んできたのはミリィだった。顔は真っ青で、息を切らしている。


「大変! カリストが……大軍で来た!」


 広間が揺れるようにざわめいた。


「大軍?」

 

カテリーナが立ち上がった。


「何故……? 健司を捕らえるためだけに、国全てを動かすとは考えにくい」


 ラグナが目を細める。


「おそらく……あの国が動き出したのだろう」


「あの国?」

 

リーネが声を震わせる。


「ラグナ、まさか――」


「そうだ」

 

ラグナは深く頷いた。


「白い塔の国だ。奴らが西から本格的に侵攻を始めた。カリストはそれに対抗するため、軍を動かしたのだろう」


 雷鳴が落ちたかのような衝撃が広間を貫いた。


「白い塔が……動いた?」

 

アナスタシアが低く呟いた。彼女ですら、その声には恐怖がにじんでいる。


「ただの監獄じゃないのか?」

 

クロエが信じられないといった顔で首を振る。


「囚われた魔女を弄んでいるだけじゃ……」


「違う」

 

ラグナの声は冷たい。


「白い塔は、魔女たちを実験で生み変え、兵士として使う。心を奪われた魔女が、数百、数千と解き放たれることを想像してみろ。……血統の有無など関係ない。世界そのものが飲み込まれる」


 沈黙。誰もが息を呑み、視線を落とした。


「だからカリストは動いたのね」

 

カテリーナがようやく口を開いた。


「純血主義の彼らが、敵対してきた私たちを無視してでも大軍を動かした理由……」


 ミリィが震える声で言った。


「じゃあ……健司は……?」


「間違いなく狙われるだろう」

 

ラグナは健司を見据えた。


「白い塔にとって、健司は最大の脅威だ。血統を持たず、魔女を従え、なおかつ心を壊さずに戦える存在……奴らにとって研究対象としても、抹殺対象としても、これ以上の獲物はない」


 健司は唇を結んだ。背筋に冷たいものが走る。だが同時に、胸の奥に熱い決意が芽生えていく。


「……だったら、立ち向かうしかない」

 

静かに言った。


「白い塔が何をしようと、僕は――魔女たちを守る。ラグナさんの姉さんのように、心を奪われるなんて……絶対に許さない」


 その言葉に、ラグナの瞳が揺れた。憎しみしか知らなかった目に、ほんの僅かだが光が差したように見えた。


「健司……」

 

クロエが名前を呼ぶ。


「でも……カリストと白い塔、両方を相手にするなんて……」


「不可能じゃない」

 

カテリーナが冷静に言った。


「健司には私たちがいる。アナスタシアも、ラグナも。そして……私たち魔女は、もう一人で戦う時代じゃない」


 広間に一筋の灯がともる。だがその外では、すでに戦火の足音が迫っていた。

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