健司について
カリオペの宮殿は、重苦しい沈黙に包まれていた。
窓の外には高原の乾いた風が吹き荒れ、遠くには閉ざされた城壁と、訓練を繰り返す兵たちの姿が見える。
玉座に腰掛けるカリオペは、長い髪を指で弄びながら、眼下の二人を見下ろしていた。
グルバル――。
ハートウェル――。
「……健司。いったい、どんな考えをしているのか」
カリオペの声音は低く、だが明らかに苛立ちを帯びていた。
「アスフォルデの環の主、カテリーナを従え……さらにリヴィエールの主、アナスタシアまでも。審問官をも退けたと聞く。ラグナの名すら出ている……これは、ただの偶然ではない」
グルバルが腕を組み、唸るように言葉を吐いた。
「となると、やつは魔女の弟子だったのではないか? 常人がそこまで影響を持てるはずがない。ましてやカテリーナやアナスタシアが頭を下げるなど……」
「だが」
ハートウェルが口を挟む。
「従っている魔女達を見れば、異常な者ばかりです。アスフォルデの残党、アナスタシア派、そして審問官崩れ。まともな集団ではない。求心力というより、狂気の磁場に近い」
カリオペはゆっくりと瞼を閉じた。
その言葉を否定しなかった。だが、内心では別の可能性を考えている。
――もしも健司が、本当にただの「人」だったなら?
――それでも魔女たちを惹きつけ、従わせているのなら?
「……恐ろしいわね」
カリオペは自嘲気味に笑った。
「魔女たちが恐れていたのは、かつての“英雄”だけ。だが、いまや一人の青年が、歴史を揺るがすほどの影響を持ち始めている。国を、宗派を、信念を超えて……」
重苦しい空気が広間を支配する。
「カリオペ様」
ハートウェルが声を低めた。
「もしも本当に彼が脅威となるのなら……早々に芽を摘むべきかと」
グルバルが鋭く頷いた。
「兵を集め、力でねじ伏せるべきだ。魔女も兵士も全てを使い潰してでも、だ」
しかし、カリオペは玉座から立ち上がり、ゆるやかに歩み出た。
床を打つ靴音が、冷たい石造りの広間に響く。
「……力でねじ伏せられるなら、すでに誰かがやっているわ」
彼女の声は、嘲りすら含んでいた。
「ラグナは敗北し、クラリーチェも退いた。リズリィは……惨めな結末を迎えた。彼女たちは弱くはない。むしろ、我が国が誇る最高の戦力。だが、それでも退けられたのよ」
沈黙が走る。
「カリオペ様、それでは……」
ハートウェルが顔を上げる。
「ええ」
カリオペはその視線を受け止め、静かに告げた。
「全兵力を連れて、会いに行くわ」
「……!」
グルバルが思わず息を呑み、ハートウェルは椅子から立ち上がった。
「本気なのですか!? それでは我が国の全てを危険に晒すことになります!」
「危険を冒さなければ、得られるものもない」
カリオペは冷たく言い放った。
「わたしは健司を“試す”つもり。もし本当にただの人間なら、圧倒的な力の前に屈するでしょう。だが――もし彼がそれを超える存在ならば」
彼女は唇を歪め、不敵な笑みを浮かべた。
「その時は、我らの国すら飲み込んでしまうでしょうね。ならば、その瞬間を見極めなければならない。敵としてか、あるいは……新たな時代を導く者としてか」
広間の空気は、張り詰めた緊張に覆われていた。
グルバルが低く唸る。
「ならば、戦の準備を進めましょう。魔女も、全てを」
ハートウェルはなおも顔をしかめたが、反論の言葉を呑み込んだ。
カリオペの決意が、もはや揺らぐことはないと悟ったからだ。
カリオペは玉座に戻り、背筋を伸ばす。
「健司……あなたは、何者なのか。わたしは必ず見極める。たとえ、この国の命運を賭けることになろうとも」
窓の外で、冷たい風が再び荒れ狂った。
それはまるで、近づきつつある嵐の前触れのようだった。




