帰還
数日後、健司たちは無事にリヴィエールの街へと戻ってきた。
高原の街スラリーから帰ってくる道は、長く、そして不思議と短くも感じられた。戦いの緊張感や、ソールの謎めいた言葉、ラグナやリズリィとのやりとりが、すでに遠い出来事のように胸の奥で反芻されていく。
石畳の道を進み、見慣れた門をくぐったとき、街の空気はどこか安らぎに満ちていた。人々のざわめき、露店の匂い、そして子供たちの笑い声。すべてが懐かしく、そして温かい。
「――あっ!」
いち早く駆け寄ってきたのは、ルナとミイナだった。
「健司! 無事に帰ってきたんだね!」
「みんなも! 怪我はない?」
小さな体で抱きついてくる二人に、健司は自然と笑みを浮かべる。
「ルナ、ミイナ……会いたかったよ。本当に」
彼の言葉に、二人はぱっと笑顔を咲かせた。長い遠征を乗り越え、再会の温もりはなにものにも代えがたい。
リヴィエールの街には、健司たちが暮らす家が用意されている。仲間たちとともに過ごすために、アナスタシアやアウレリアの助力もあって整えられた拠点だ。
扉を開けた瞬間、木の香りと暖炉の残り火の匂いが広がり、胸の奥にじんわりと安心感が広がっていく。
――戦いのあとに帰る場所がある。
その当たり前が、こんなにも尊いものだったのかと、健司は改めて噛みしめた。
夜、皆がくつろぎ、それぞれの時間を過ごしているなか。
健司はセレナと向かい合って、静かに腰を下ろした。
「セレナ」
呼びかけると、セレナは少し驚いたように瞬きをした。
「なに?」
「レリアとまた会うことができたし……リズリィとも、決着をつけられた。本当に、よかったなって思うんだ」
その言葉に、セレナは少しだけ遠くを見るように目を細め、そして微笑んだ。
「そうだね。……私ね、今が幸せだなって思うの」
頬に指を添えながら、彼女の声は静かに、しかし確かに震えていた。
「お姉ちゃんがずっと夢に見ていた存在で……もう会えないって思ってた。でも、健司のおかげで……また一緒にいられる。こんな日が来るなんて、思ってなかったんだ」
「……」
健司はただ頷き、その横顔を見つめる。セレナの表情には、かつての影はない。過去の痛みも、憎しみも、いまは穏やかな光に溶けている。
けれど、彼女はくすりと笑って続けた。
「ただね……お姉ちゃんが健司を見る目が……ちょっと気になるかな」
「えっ?」
健司が目を瞬かせると、セレナはわざと拗ねたように唇を尖らせる。
「なんていうか……私が気づかないふりをしてるだけなんだけど。お姉ちゃんの目、前と違うんだよね。優しさだけじゃなくて……何か、大事に想ってる感じがするの」
「……」
「だから、健司。あんまり鈍感なこと言ってたら、私が怒るからね」
そう言って、セレナは頬を赤く染め、視線をそらした。
健司は苦笑しながらも、その言葉を真剣に受け止める。
――彼女の気持ちが冗談ではないことは、ずっと一緒に旅をしてきたからこそ、痛いほどにわかっていた。
翌朝。
街の光はやわらかく、風は澄んでいた。リヴィエールに暮らす魔女達、精霊の声が、遠くから響いてくる。
家の前に立つセレナは、陽射しに髪をきらめかせながら、そっと振り返った。
「ねえ、健司」
「ん?」
「私……これからも一緒にいたいよ。お姉ちゃんやみんなと過ごせる今がすごく大事で……それを守りたい」
その声には迷いがなかった。過去に囚われ、復讐に囚われていた少女はもういない。いまここにいるのは、未来を望む、一人の強い女性だった。
健司は静かに笑い、力強く頷いた。
「もちろんだ。僕たちは仲間だから」
その答えに、セレナは胸を撫で下ろし、微笑む。
――こうして、セレナの過去に決着がついた。
彼女は姉と再会し、健司たちとともに歩む未来を選んだ。
幸せと、少しの切なさを胸に抱えながら。
セレナの物語は、ここで一つの幕を閉じる。
その夜、リヴィエールの空には満天の星が広がっていた。
セレナは窓辺に立ち、ひときわ輝く星を見上げる。
「お姉ちゃん……私、幸せだよ」
呟きは夜風に溶け、静かに流れていく。
彼女の胸には、これからの日々への希望と、確かな絆が灯っていた。




