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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編⑨あの国

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ラグナの目覚め

戦いの余韻が、まだ森の空気を重くしていた。折れた枝や焦げた葉、土に刻まれた爪痕のような魔力の痕跡が、先ほどの激戦を物語っている。

 空を仰げば、木々の隙間から差し込む月明かりが、黒ずんだ地面をやさしく照らしていた。


 リズリィは幹に背を預け、荒い息を繰り返していた。白い肌には赤黒い裂傷が幾筋も走り、動くたびに血が滲み出ていた。その目の奥には、強気な光を残しながらも、痛みに耐えるかすかな震えがあった。

 健司は彼女の傍らに膝をつく。仲間たちも周囲で警戒を緩めぬまま、しかし安堵の息を吐いて彼を見守っていた。


「……もういい。放っておけ」

 

リズリィはかすれた声で言った。


「どうせ私は審問官だ。敵に助けられるなんて、屈辱だろう?」


 健司は首を横に振った。


「そんなこと、僕には関係ないよ。傷をそのままにしておく方が、よほど間違ってる」


 彼の声は静かで、揺るぎなかった。

 右手を差し出し、リズリィの肩口にそっと触れる。その瞬間、淡い光が彼の掌から広がり、温かな波が彼女の全身を包んでいった。


「……っ」

 

リズリィの唇から短い息が漏れた。痛みではない。血の気を失っていた体に、心地よいぬくもりが染みわたり、緊張がほどけていく感覚だった。

 彼女は目を見開く。


「まさか……こんな魔法……」


 傷口がみるみる塞がっていく。深々と刻まれていた裂傷が薄皮で覆われ、やがて痕跡すら残さずに消えていった。痛みが和らぐたびに、リズリィは驚愕と安堵の入り混じった表情を浮かべた。


「……本当に……なくなっていく……」


 声には無意識の震えがあった。戦場で幾度も瀕死を乗り越えてきた彼女だが、ここまで完全に癒された経験はなかったのだろう。


「そんなことも、できるのか……?」

 

リズリィが呟く。


 健司は微笑んだ。


「僕の力は、みんなが思ってる魔法とは少し違う。でも……傷をなかったことにするくらいは、できる」


 その答えに、仲間たちが息を呑んだ。

 クロエが思わず声を上げる。


「……傷を、なかったことに……? 時間を逆行させたような……」


 エルネアが眉をひそめ、リーネが目を細めて呟いた。


「常識では考えられない魔法だね……」


 森の空気が一瞬静まり返った。

 その時――。


 倒れていたラグナの瞼がわずかに動いた。

 誰もがその変化に気づき、緊張の面持ちで彼を見つめる。

 ゆっくりと、重く沈んでいた瞳が開かれ、青白い光を宿した眼差しが健司の姿をとらえた。


「……その魔法……やはり……」

 

かすれた低い声が漏れた。


「……あの魔女に……近いものがある……」


 ラグナはまだ半身を起こすこともできない。だが、その眼差しは鋭く、揺るがぬ確信を湛えていた。


 クロエが驚きの声を上げる。


「あの魔女……? どういう意味?」


 ラグナはゆっくりと息を吐き、視線を宙に漂わせた。


「西の国には……三つの勢力に分かれた魔女の集団が存在する。その中のひとつ……『慈悲』を司る魔女が率いる集団がある」


 その言葉に、空気が張り詰める。

 アナスタシアが口を開いた。


「……カリストのカリオペのことか?」


 ラグナは首を横に振る。


「いや……カリオペは確かに慈悲を語るが、それは味方に対してだけだ。敵と見なした者には、容赦の欠片もない。だから違う……」


「じゃあ……?」


とクロエが眉を寄せる。


 ラグナの瞳が鋭く光った。


「ソール。あいつはカリストの者ではない。むしろ……カリストと敵対する国から送り込まれたスパイだ」


 仲間たちはざわめき、思わず互いに視線を交わした。

 アナスタシアが低く問う。


「……本当なのか?」


「間違いない」

 

ラグナは強い声音で答えた。


「奴の戦い方、面白いという言葉……すべてが証明している。ソールは『あの国』の者だ」


 クロエは混乱を隠せない様子で健司に向き直る。


「健司……やっぱりあなたの力は……」


 健司は肩をすくめ、静かに笑った。


「僕は僕だよ。難しいことは分からない。でも……仲間を守れるなら、それでいい」


 その言葉に、皆の表情が和らいだ。

 ラグナもまた、薄く笑みを浮かべる。


「……愚直だな。だが……それが強さかもしれん」


 しばし沈黙が落ちる。

 やがて健司が声を上げた。


「とにかく……今はリヴィエールに帰ろう。休むべきだ」


 リズリィが目を細める。


「……本当に、私たちも一緒でいいのか?」


 健司は迷いなく頷いた。


「もちろんだよ」


 ラグナが静かに問う。


「……いいのか? 私たちは敵だったんだぞ」


 その問いに、カテリーナが口を挟んだ。


「健司はそういう奴なんだよ。敵とか味方とか、そんな枠組みじゃ見てない。……だから私たちも、ここまでついてきたんだ」


 リズリィはわずかに唇を噛み、目を伏せた。

 胸の奥に、これまで感じたことのないざらついた感情が芽生えていた。それは屈辱ではない。むしろ……救われるような安らぎに近かった。


「……勝手にしろ」

 

小さく呟き、彼女は視線を逸らした。


 健司は立ち上がり、仲間たちを見渡した。


「じゃあ、帰ろう」


 森を抜ける風が、一行の背を押した。

 彼らは互いに肩を支え合いながら、傷跡の残る森を後にして、リヴィエールへの帰路についたのだった。

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