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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編⑨あの国

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リズリィの過去

リズリィの心に、赤い月が浮かんだ。


小さな村での暮らしは、今でも彼女の胸を締めつける。木々に囲まれた土地で、彼女は父と母と共に慎ましくも幸せな毎日を送っていた。母の作る温かなスープ、父の大きな背中。そこには戦いも、差別も、憎しみもなかった。

ただ――ある日、その日常は唐突に崩れ去った。


「……逃げなさい、リズリィ!」


父の叫び。母の涙。炎に包まれる村。

村を襲ったのは、数十人の魔女の集団だった。血統など関係なく、ただ自分たちの力を誇示するために、平和な村を焼き払った。リズリィは両親の手に押され、泣きながら夜の森を駆け抜けた。振り返れば、空には赤い月が不気味に浮かんでいた。


――あの時、力があれば。

――あの時、守れたなら。


その思いが、彼女を魔女としての修練へと駆り立てた。月の魔法を選んだのも偶然ではない。血に染まった夜空が、彼女に刻んだ宿命だった。


だが、気づけば彼女は「審問官」と呼ばれる側にいた。

血統を誇る国カリスト。その理想にすがったのは、自分が守りたいと願った「仲間」を得られると信じたからだ。力を持たぬ者は排斥される。そうした現実を知りながらも、彼女は居場所を求めてしまったのだ。


――そして今、目の前にいる青年は言った。


「リズリィさん、クラリーチェさん。あなた方は血統なんてどうでもいいはずだ。仲間が欲しかったんでしょう?」


静かな声。だが、その言葉は心の奥底を突いた。

クラリーチェが小さく息を呑む。彼女もまた、孤独を知る者だった。


「……そうだな」


リズリィは低く答えた。


「私は……カリストは理想的だった。血統を持つ者が集まる場所、強き者が認められる場所……そう信じていた」


「でも、本当に欲しかったのは血統じゃない」


健司は一歩踏み出す。


「ただ、信じ合える仲間でしょ?」


その瞬間、リズリィの胸に押し込めていた叫びが揺らいだ。

――そうだ。あの夜、赤い月に誓ったのは「血統のため」ではなかった。

「守れる力が欲しい」「一人じゃないと感じたい」その願いだけだった。


クラリーチェも唇を噛みしめた。


「……私たちは、あまりに多くを拒絶してきた。人を疑い、血統を盾にして……。でも、それは……仲間を得るためじゃなかったのかもしれない」


リズリィは目を伏せ、苦笑した。


「それを気づかせるのが……敵だったあんたたちとはな」


「敵なんて思ってない」


健司の声は穏やかだった。


「審問官の人たちも、一緒にリヴィエールで住みませんか?」


リズリィの肩がびくりと震えた。あまりにも突拍子もない提案だった。審問官は、カリストの支配を支える存在。その彼女たちに、平和の街リヴィエールで共に暮らそうと言うのだ。

クラリーチェが小さく首を振った。


「……しかし、私たちは……罪を背負いすぎている。カリストで流した血、奪った命……。リヴィエールに迎えられる資格など……」


その時だった。アナスタシアが一歩前に出た。

彼女の目は強く、しかしどこか優しさを帯びていた。


「大丈夫だよ。ラグナなら……きっと許してくれるさ」


「……ラグナ様が?」


リズリィは目を見開く。

彼女にとってラグナは審問官の象徴、絶対的な存在だった。その彼女が許すというのか。


だが今、そのラグナはソールに精神を乗っ取られたまま目を覚まさない。強大な力を誇ったはずの彼女が、今は無防備に眠り続けている。

その姿を見るたび、リズリィは心にざわめきを覚えていた。強さで全てを覆い隠す彼女でさえ、こうして脆さを見せるのかと。


「……もし、本当にラグナ様が……」


リズリィの声は震えていた。


「それでも、私には……」


健司が静かに手を差し伸べた。


「リズリィさん。過去は消せない。でも、未来は選べる。血統なんてどうでもいい。君が欲しいのは、ただ信じ合える仲間でしょ? なら、その仲間にならせてほしい」


一瞬、時が止まったようだった。

炎に包まれた村の記憶、赤い月の記憶、仲間を求めたはずの審問官での日々。全てが頭を駆け巡る。

そして――リズリィの頬を、一筋の涙が伝った。


「……お前、本当に……甘いな」


「甘くていいさ」


健司は笑う。


「でも、その甘さで救えるなら」


リズリィは俯いたまま笑った。


「……救われる側の気持ちも考えろよ」


クラリーチェもまた、そっと目を閉じた。


「……ああ。本当に……変な男だな。だけど、不思議と……心が軽くなる」


アナスタシアが小さく頷いた。


「そういう男だ。私も、そうやって救われた」


リズリィとクラリーチェは互いに視線を交わした。長く共に歩んできた二人の間に、言葉を交わさずとも通じ合うものがあった。

――もう、抗う理由はない。

血統でも、誇りでもない。ただ「仲間」として。


「……いいだろう」


リズリィが低く呟いた。


「リヴィエールで……一緒に」


「ただし」


クラリーチェが続けた。


「過去の罪は消えない。受け入れるのは簡単ではないはずだ。それでもいいのか?」


健司は力強く頷いた。


「もちろんだ。仲間だから」


その言葉に、二人の魔女は小さく微笑んだ。

――赤い月に誓った願いが、ようやく叶うのかもしれない。


夜空を仰ぐと、そこにはもう血に染まった月はなかった。澄み渡る空に、やわらかな光が広がっていた。

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