リズリィの真実 ―ラグナの告白―
戦いの緊張はひとときの静寂に変わった。
セレナの魔法がリズリィに喰らわした瞬間、勝敗は決していた。
「……勝ったね、素晴らしいよ」
カテリーナが静かに笑みを浮かべ、戦いの終わりを告げる。
肩で息をしながらもセレナは剣を下ろし、視線を落とした。
「……復讐心は、あまりいいものじゃありません。それに……リズリィの動きが途中で止まっていた」
その言葉にリズリィは顔を歪める。
「なぜだ……? なぜ、私は止まってしまった」
そこに割って入ったのは、ソレイユだった。
「あんたが恐怖したからよ。身体が覚えてるんだろうね。自分でも気づかないうちに」
その場を包んだのは、乾いた拍手の音だった。
視線が一斉に向いた先に立っていたのは、ラグナ。
長い銀髪を揺らし、冷ややかに手を叩いていた。
「……まさか、リズリィが負けるとはな」
彼女の声音には、勝者を称える響きなど一片もない。愉悦に満ちた冷笑があるのみだった。
健司はその姿をじっと見つめた。胸に湧き上がった違和感を隠すことなく、口を開く。
「……ラグナさん。リズリィさんが攻撃を受けるその瞬間、あなた……笑っていましたね」
場に緊張が走る。
「トラウマを植え付けたのは、あなたですね」
沈黙のあと、ラグナは口角を吊り上げ、あっさりと肯定した。
「その通りだ」
リズリィの表情が凍りつく。
「な……なぜ……? なぜそんなことを……!」
「簡単なことだよ」
ラグナは肩をすくめ、愉快そうに答えた。
「面白いからだ」
「貴様ァッ!」
リズリィが怒りに任せて突進する。しかし、その攻撃はことごとく空を切る。
ラグナは涼しい顔でかわし続け、そのたびにリズリィの瞳から涙が溢れた。
「もうやめろ……!」
健司が駆け寄り、崩れ落ちるリズリィの身体を支える。彼女は子供のように震え、嗚咽を漏らしていた。
健司はそっと抱き寄せ、頭を撫でる。
「大丈夫だ。君は悪くない。怖かったんだろう……」
ラグナが鼻で笑った。
「優しいな。まるで救済者だ」
しかし、健司の視線は鋭くラグナを射抜く。
「……あなたは誰ですか。ラグナさんではないですね」
広場にいた全員が息を呑んだ。
「な、何を言っているの、健司」
アナスタシアが眉をひそめる。
「本当なの?」
健司は頷いた。
「はい。精神を乗っ取られている。……心当たりがあります」
ラグナは、わずかに目を細める。
「ほう……気づくとはな。なぜわかった?」
健司は静かに答えた。
「昔、とある魔女に聞いたんです。精神魔法の奥義を――。自分の精神を、別の肉体に移し替えて生き延びる者がいる、と」
広場の空気がさらに重くなる。
その魔女とは誰か――アナスタシアも察したのか、唇を強く結んだ。
ラグナ――いや、その中に潜む何者かは、楽しげに口を開く。
「正解だ。私はラグナではない。だが、この身体は便利だ。強靭で、魔力も豊富。なにより、この国で恐れられる名声を持っている」
健司は一歩前に出た。
「……あなたの目的は何ですか。リズリィさんを苦しめ、恐怖を与え続けて……それが“面白いから”なんて、そんな言葉で済むものじゃない」
“ラグナ”は唇を歪めた。
「では、真実を教えてやろう。リズリィは私にとって――実験体だったのだ」
リズリィの瞳が大きく見開かれる。
「じ……っけん……?」
「そうだ。恐怖の感情を極限まで植え付ければ、精神はどう壊れるか。力は増すのか、それとも弱るのか。魔女の潜在力を測るには格好の素材だった」
「やめろッ!」
セレナが叫び、剣を構える。
だが“ラグナ”は一瞥すらくれずに続けた。
「彼女は期待以上の成果を見せてくれた。恐怖で心を縛られたとき、無意識に月の魔法を暴走させ……周囲を壊滅させた。素晴らしかったよ」
リズリィの唇から震える声が漏れる。
「……あれは……私がやったことじゃ……」
健司は彼女の手を強く握った。
「違う。君は悪くない。仕組まれていたんだ」
アナスタシアが息を呑んだ。
「精神を……弄ぶなんて……あなたはいったい……」
“ラグナ”の笑みは、ついにその本性を現す。
「私は、精神を渡り歩く者――“ソール”とでも呼んでおけ。審問官の連中は私を封じたと思い込んでいたが……愚かなことだ。私は生きている」
その名を聞いた瞬間、リズリィとクラリーチェの顔が青ざめた。
「……ソール……!」
「知っているのか」
健司が問う。
「ええ。カリストの審問官の中でも禁忌とされた存在……精神魔法を極め、同胞すら犠牲にした……」
“ラグナ”――ソールは、愉快そうに嗤う。
「正解だ。そして今、私はラグナの肉体を得た。次は……健司、お前だ」
その言葉に、場の全員が息を呑んだ。
健司の心に走ったのは恐怖ではなく――覚悟だった。
「僕は……絶対に屈しません」
その言葉に、リズリィが涙を拭い、セレナが剣を握り直す。
仲間たちの視線がひとつに集まった。




