魔女が安心する町
「……ほう、怯まぬか。アナスタシアを退けたと聞いていたが、なるほど――目の光が違う」
互いに言葉を交わした瞬間、空気がさらに張り詰めた。
その沈黙を破ったのは、別の足音だった。
「ラグナ様、ただいま参りました」
複数の影が霧の中から現れる。クラリーチェ、リズリィ、そして数人の審問官の魔女たち。その配置は、まるで健司たちを包囲するようだった。
「……っ」
セレナの瞳が、リズリィを捉えた瞬間、殺気が迸った。
空気が震えるほどの憎悪が解き放たれる。
「リズリィ……っ!」
かすれた声に、血のような怒りが混じる。彼女の手は剣に伸びかけていた。
「セレナ……」
リズリィは一瞬、眉をひそめた。しかし、すぐに冷ややかな笑みに変わる。
「せっかく拾った命を無駄にする気?」
「黙れっ!」
セレナが前に出ようとした時、健司が彼女の腕を掴んだ。
「セレナ……落ち着いて」
「でも……っ!」
健司は強く首を振る。その瞳は真っ直ぐに彼女を見ていた。
「君の想いは分かる。でも今は……違う」
その声に、セレナは歯を食いしばりながらも一歩引いた。
しかし殺気は消えない。
健司は改めてラグナに視線を向ける。
「ラグナさん……僕は戦いに来たわけじゃありません」
「……何だと?」
「僕は……魔女が安心して暮らせる町を作りたい。それだけなんです」
森の中に沈黙が広がる。
審問官たちがざわめきを見せた。クラリーチェの眉がわずかに動き、リズリィですら目を細めて健司を見た。
「……戯言を」
ラグナの声が低く響いた。
「お前が何を知る? 我らがどれほど血に縛られ、力に縛られてきたか……」
健司は首を振る。
「分かりますよ」
その言葉に、審問官たちの視線が一斉に健司に向けられる。
「クラリーチェさん……あなたは血統じゃないでしょう?」
クラリーチェの顔がわずかに揺らいだ。無表情を装おうとしたが、その目に一瞬の驚愕が浮かんだ。
「リズリィさんも……違うはずです」
リズリィが息を呑んだ。その唇が僅かに震えたのを、セレナは見逃さなかった。
審問官たちの顔がざわめきに満ちていく。
誰もが思ってはいても、決して口にできなかった事実を、異邦の青年が告げたのだ。
そして、健司はラグナに向き直る。
「ラグナさん……あなたは血統の魔女かもしれません。でも――審問官の人たちが安心して暮らせる場所を作ったのは、血統だからじゃない。彼女たち自身の力と心があったからです」
その瞬間、ラグナの雰囲気が変わった。
炎のような威圧感が揺らぎ、代わりに静かな怒気が漂う。
「……小僧」
低く唸るような声が、森に響いた。
「お前……何を見てきた……」
「僕は見ました。アナスタシアも、アウレリアも、クロエも……血統や力じゃなくて、自分の意思で生きようとしている姿を」
ラグナの目が鋭く細められる。
そして、ふっと鼻で笑った。
「なるほど……確かにアナスタシアが負けるわけだ」
その場にいた審問官たちがざわめいた。ラグナが他者を認めるような言葉を口にするなど、ほとんどありえないことだった。
「だが――」
ラグナの瞳が再び鋭く光った。
「だからといって、我が引き下がるわけにはいかぬ」
一瞬にして空気が変わる。大地が軋み、森の木々が揺れる。
ラグナの力が解き放たれようとしていた。
クロエが健司の横に立ち、静かに囁いた。
「健司……覚悟して」
健司は頷いた。
だが彼の瞳に宿るのは恐怖ではなかった。
――信じる心。
それが、仲間と共に未来を切り開くための唯一の力だった。




