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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編⑦愛

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112/157

魔女たちの静かな語らい

スラリーの夜は、昼のざわめきが嘘のように静まり返っていた。

外は月が雲間に隠れたり現れたりを繰り返し、薄暗い光が街並みを淡く照らしている。

戦いの余韻がまだ空気の奥底に残っているようで、時折、遠くの方で人々の低い話し声や、馬車の車輪の軋む音が聞こえるだけだった。


その宿の二階、奥まった位置にある一室。

壁には蝋燭が一本灯され、その炎が小さく揺れながら部屋を暖かな橙色で包んでいた。

テーブルの上には湯気の立つポットと三つのカップ。

アナスタシアとノエル、そしてラグリナが、その小さなテーブルを囲んで座っていた。




「……アナスタシア様、こうして会える日が来るとは思っていませんでした。」


ラグリナがカップを両手で包みながら、感慨深げに言った。

その声には安堵と喜びが入り混じっている。


アナスタシアは微笑みを返し、ゆっくりと頷いた。


「私もよ、ラグリナ。……そしてノエルも。こうして無事に再会できたのは、健司のおかげね。」


ノエルは小さく笑って、視線を落とした。


「健司は……本当に不思議な人ですね。カリストの審問官すら救おうとするなんて。」


ラグリナも頷いた。


「普通なら敵として処断するでしょうに。

それに……ただ生かすだけじゃなく、彼は心の傷まで癒そうとする。そんな人、見たことがありません。」


アナスタシアは少しだけ表情を引き締めた。


「確かに。……でも、あの魔法に関しては、正直、異次元と言っていいわ。

あれは、私が知る限りの魔法体系から外れている。

概念として、ありえないはずのもの。」


ノエルは身を乗り出した。


「ありえない……というのは?」


「普通、魔法は自然の理や魔力の流れに沿って発動するものよ。

癒やしの魔法は、肉体の損傷を修復するか、痛みを軽減するか――その範囲に限られる。

けれど健司のは、“なかったことにする”でしょう?

傷だけじゃない、心の痛みも、時間そのものを巻き戻すように……。」


ラグリナが息を呑む。


「つまり……因果を逆流させている……?」


「そう。」


アナスタシアはゆっくりと頷く。


「でも、因果を直接操作する魔法は、理論上不可能とされてきた。

それは世界の法則に反する行為だから。

なのに、彼は……自然にやってのける。」




少し沈黙が落ち、蝋燭の炎がかすかに揺れる。

ノエルが口を開いた。


「……西の国に、“愛”を教義とした組織がありますよね。」


「ええ。」


アナスタシアが頷く。


「表向きは慈愛と平和を説く教団。人々を守り、助け合うことを掲げている。……でも、健司のそれとは違う。」


ラグリナが首をかしげた。


「どう違うんですか?」


アナスタシアは少し考え、慎重に言葉を選びながら答えた。


「あそこは……排他的なの。自分たちの”愛”の形に従わない者を認めない。

“正しい愛”は一つだけだと信じ、そこから外れた者を異端として扱う。

そして……異端に対しては、容赦なく攻撃的になる。」


ノエルが眉をひそめた。


「なるほど……それは”愛”ではなく、支配ですね。」


「そう。」


アナスタシアは小さくため息をついた。


「健司のは……そういうものじゃない。

彼は自分の価値観を押しつけない。

相手が何者であろうと、その人が生きるための道を探す。

そして、その人自身が選べるようにする。」


ラグリナはその言葉を聞きながら、カップの中の茶を見つめた。

健司と初めて出会ったときのことを思い出す。

あのとき、自分は絶望の淵にいた。

でも、彼は何も強制せず、ただ自分の手を取ってくれた――。

その温かさは、未だに胸の奥に残っている。




「……でも、あの人のやり方は危うくもあります。」


ノエルが口を開いた。


「敵を救うことで、別の脅威を生み出す可能性もある。

審問官たちが本当に変わる保証は……ない。」


「それは分かってる。」


アナスタシアは頷く。


「それでも、彼は選んでいるの。

“可能性を信じる”という選択を。」


ラグリナは小さく笑った。


「……私たち魔女よりも、魔女らしいのかもしれませんね。」


部屋の外から、遠く鐘の音が響いた。

夜が深まり、街全体が眠りにつこうとしている。

けれど、この部屋にいる三人の心は、まだ眠りから遠かった。

蝋燭の炎がまた揺れ、三人の影を壁に映し出す。

その影は、やがて一つの大きな形に重なっていくように見えた――。

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