白い塔
夜のスラリーは、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
広場でのカリストの魔女の話し合いは、誰もがそれぞれの胸の内に、この日の出来事を深く刻んでいた。
健司は宿屋の二階、窓際の椅子に腰を掛けていた。
外では夜風がやわらかく木々を揺らし、虫の音が涼やかに響いている。
月明かりが差し込み、部屋の中に淡い光と影を作っていた。
コンコン――。
扉を叩く音がした。
「……入っていい?」
声はセレナだった。
「もちろん。」
健司が答えると、扉が静かに開き、黒髪の魔女が入ってきた。
セレナは寝間着に薄い外套を羽織り、手には湯気の立つカップを持っている。
「……これ、ハーブティー。ちょっと落ち着くよ。」
そう言って、カップを健司に手渡した。
「ありがとう。」
健司は受け取って口をつけ、ほのかな甘みと香草の香りに肩の力を抜く。
しばらく沈黙が流れた後、健司は少し躊躇してから切り出した。
「……セレナ、もしかして、不満だった? ヴァルディアとノイエルを……許したこと。」
セレナはカップを両手で包み込み、視線を落とした。
「……健司だからね。不満はないよ。」
それは本心だった。だが、少し間を置いてから、彼女は続けた。
「……リズリィのことは……許せないかもしれない。」
リズリィ――。
健司はその名を聞き、わずかに目を細めた。
カリストの審問官であり、セレナにとって決して消せない傷を刻んだ相手。
「……しょうがないよ。」
健司は静かに言った。
「セレナが決めることだ。僕が無理にどうこう言うつもりはない。
ただ……その時が来たら、ちゃんと向き合おう。」
セレナは黙って頷いた。
その目はまだ揺れていたが、健司の言葉は確かに彼女の中に届いていた。
二人が再び沈黙に包まれた時、扉がもう一度叩かれた。
「……まだ起きてる?」
軽やかな声。レリアだった。
「入っていいよ。」
健司が言うと、レリアが素早く部屋に入り、扉を閉めた。
その顔は普段の明るさを保ちながらも、目の奥に緊張を宿している。
「……カリストの女王、カリオペの目的が分かったよ。」
健司とセレナは顔を見合わせる。
「……目的?」
健司が促す。
レリアは小声で、しかしはっきりと言った。
「中央にある、でかい白い塔……あれが目的。」
「白い塔?」
セレナが眉を寄せる。
「何が……あるんですか?」
レリアは一瞬だけ唇を噛み、それから吐き出すように言った。
「……人間の国が運営してる、魔女の監獄。
強制的に……魔法を発現させる場所。」
空気が変わった。
部屋の温度が下がったような錯覚。
セレナの手が、持っていたカップを強く握る。
「強制的に……?」
健司が繰り返す。
その声には怒りと驚きが入り混じっていた。
レリアは頷いた。
「そう。生まれながらに普通の子や、隠して生きてきた魔女の血筋を……無理やり発現させる。
そして……兵器として育て上げる。
あそこから出てくる子は、二度と元の生活には戻れない。」
健司の胸が締めつけられる。
戦場で魔女たちの力を何度も目にしてきた。だが、それが望んで得たものでなかったとしたら――。
「……カリオペは、その塔を……破壊しようとしているの?」
セレナの声が低く響く。
「うん。」
レリアは真剣な表情で頷いた。
「だから彼女は、審問官をも、慈悲派をも利用する。
血統派だろうが反血統派だろうが……最終的な目的は一つ。
あの塔を、跡形もなく消すこと。」
窓の外、月は薄雲に隠れ、部屋の中の影が濃くなる。
その影が、三人の表情をさらに険しく見せた。
健司は深く息をつき、カップを置いた。
「……もしそれが本当なら……放ってはおけない。」
セレナが健司を見る。
「でも……カリオペが正義だとは限らない。」
「分かってる。」
健司は頷いた。
「塔を壊すことが、必ずしも救いになるとは限らない。
けど……あの塔に囚われている人たちを放っておくのも……俺にはできない。」
レリアが苦く笑った。
「だから言ったでしょ、厄介な人だって。」
三人はそのまま、夜更けまで話し合いを続けた。
月は雲間から再び姿を現し、淡い光で三人の決意を照らしていた。




