絆
高原の街スラリーは、涼やかな風と澄み切った空気に包まれた場所だった。
夏の終わりを告げる小さな鈴の音が、街の広場の風見鈴から響く。
遠くには雪を抱いた山々が連なり、陽光を反射してきらきらと光っている。
しかし、その平和な光景の片隅に、激しい戦いを終えた者たちが集まっていた。
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ヴェリシア、リセル、リーネ――三人は、激闘の末にヴァルディアとノイエルを捕らえ、この地へ戻ってきた。
戦いの疲労は深く、衣服には裂け目や焦げ跡、傷跡が残っている。
しかし、その表情には、使命を果たした安堵があった。
広場に足を踏み入れた瞬間、彼女たちの視界に、仲間たちの姿が飛び込んでくる。
真っ先に歩み寄ってきたのは――健司だった。
健司は静かに、しかし力強く言葉をかけた。
「……よく、頑張ったね」
その声は、戦場の喧噪の中では決して聞こえない種類の優しさを帯びていた。
ヴェリシアの瞳が少し揺れ、リセルは表情を引き締めようとしながらも、その声の温もりに緊張が緩んでいく。
リーネは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
次の瞬間――健司は三人をそっと抱きしめた。
戦士としての彼らではなく、友として、大切な仲間として。
抱きしめた後、健司は彼女たちの傷に手をかざした。
手のひらから柔らかな光が溢れ出し、淡い金色と蒼色の粒子が混ざり合って舞い上がる。
まるで春の花びらが風に舞うように、その光は三人の身体を包み込んだ。
裂けた衣服が縫い合わされ、深い傷跡が瞬く間に消えていく。
痛みが和らぎ、重かった四肢が羽のように軽くなる。
そして――まるで傷など初めから存在しなかったかのように、彼女たちは完全な状態に戻っていた。
リーネが驚きに目を見開く。
「……こんな癒し、見たことがない……」
ヴェリシアは小さく微笑み、リセルは言葉を探しながらも結局一言だけ呟いた。
「ありがとう……」
少し離れた場所に、ヴァルディアとノイエルが立っていた。
彼女たちは捕らわれの身でありながら、目の前の光景から目を逸らすことができない。
そして、その傍らには、カリストから逃れ、この街で保護された二人――ラグリナとノエルがいた。
ラグリナは長い銀髪を風になびかせ、信じられないという表情を浮かべていた。
「……ありえない。癒しの魔法といえば、高位の神官ですら時間をかけなければならないのに……」
ノエルは目を細め、低く呟く。
「あれは……力だけじゃない。心が、通じ合っている……」
ヴァルディアは無意識に拳を握っていた。
これまで彼女は、強さとは魔力の総量、技の鋭さ、そして血統に由来する絶対的な力だと信じてきた。
だが今目の前で起きていることは、その価値観を揺るがす。
ノイエルは、静かに呟いた。
「……あれが、絆なのか」
健司は仲間に指示を与える時も、戦う時も、同じ眼差しで彼らを見ている。
そこには上下も隔たりもない。仲間を信じ、仲間に信じられている。
その相互の信頼が、魔法をも変質させ、常識外れの癒しを生み出しているのだ――そう、彼女たちは直感していた。
ラグリナは唇を噛む。
カリストの中で、仲間とは互いの利害で繋がる存在であり、失えば補充するだけの“駒”だった。
だが、健司たちの間にはそれとはまるで異なる何かがあった。
「……もし、私たちがあの輪の中にいたら……」
そう考えた瞬間、胸の奥に熱が走った。
ノエルは隣で目を閉じ、小さく微笑んだ。
「きっと、あれは真似できない。力で作れるものじゃないから」
ヴァルディアとノイエルは互いに視線を交わした。
敵として戦ったはずの相手に、なぜか今は怒りよりも羨望に近い感情が湧き上がっている。
それが悔しくもあり、同時に心を揺さぶった。
ヴァルディアは小さく息を吐く。
「……認めたくはないけど、あれは……強い」
ノイエルは短くうなずく。
「強さの理由が、やっとわかった気がする」
癒しを終えた健司は、振り返って四人――ヴァルディア、ノイエル、ラグリナ、ノエルに目を向けた。
そこに敵意はなく、ただ穏やかな微笑みがあった。
「……君たちも、無理はしない方がいい」
その言葉は命令でも挑発でもなく、ただ純粋な気遣いだった。
四人は何も返せず、ただその笑みを胸に刻んだ。




