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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編⑦愛

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慈悲派の思惑

高原の街スラリーの広場。

 ノイエルとヴァルディアが、鎖につながれながらも堂々と健司の前に立つ。

 そのやりとり――人間と魔女の価値観の違い、血統の意味、そしてアナスタシアへの想い。

 最後に、ノイエルとヴァルディアは涙を浮かべながら「夢を見た気分だ」と呟いた。


 その様子を、広場の片隅で見つめていた者たちがいた。

 カリスト王国から派遣された、慈悲派と呼ばれる魔女の数名だ。

 彼女らは黒い外套のフードを深く被り、誰にも気づかれぬよう視線だけで事の成り行きを追っていた。



「……まさか、あの二人が」

 

若い慈悲派の一人が、驚きと困惑を隠せず呟く。


「ノイエルとヴァルディアが……あんな風に敗北を認めるなんて」


「しかも、あの健司という人間を前に涙を流すとはな」

 

年長の慈悲派は、唇を固く結んだまま低い声で応じる。


「信じられん……彼女たちは審問官の四天王の中でも特に冷徹な二人だ。心を揺らすなどあり得ない」


 だが現実に、その「あり得ない」光景は目の前で起きた。

 若者はごくりと唾を飲む。


「……帰って、報告を」


 数名は視線を交わし、小さくうなずくと、静かに広場を離れた。



 街の門を抜けると、涼しい高原の風が吹き抜けた。

 慈悲派は馬にまたがり、山道を下り始める。

 道中、互いの言葉は少なかった。目撃した事実があまりに衝撃的で、簡単に整理できないのだ。


 山裾の森を抜け、丘陵地帯へ出ると、遠くにカリストの城下町が見え始める。

 夕陽に照らされた城壁は黄金色に輝き、その奥にそびえる王城は白亜の塔を天に突き立てていた。

 慈悲派の拠点は城下町の西区――そこには彼らの長、カリオペが待っている。



 報告を受けたカリオペは、机上の書類から視線を上げた。

 淡い金の髪を結い上げ、蒼い瞳が報告者をまっすぐ射抜く。


「……もう一度、最初から話してくれ」


 最年長の慈悲派が一歩前に進み、静かに語り始める。


「我々はスラリーの広場にて、ノイエルとヴァルディアが拘束され、健司と対話する場面を目撃しました」


「ふむ」

 

カリオペの手が顎に添えられる。


「二人は当初、健司を侮辱し、人間と血統の魔女は相容れないと述べていました。しかし……健司は冷静に、二人が血統ではないこと、審問官の本当の敵が血統の魔女であることを言い当てたのです」


 室内の空気がわずかに変わる。

 カリオペは黙って続きを促した。


「その言葉を聞いた後……二人は、涙を流しました」

 

報告者の声はわずかに震えていた。


「……夢を見た気分だと、そう口にして」


 執務室の片隅で控えていた若い慈悲派が思わず口を挟む。


「信じられません。あの二人は『審問官の四天王』と呼ばれた者たち。どれだけ追い詰められても、感情を見せることは決してなかった」


 カリオペは机に両肘をつき、指先を組む。


「四天王――」

 

その言葉を口にする声は低く、どこか懐かしさを帯びていた。



審問官の四天王。それはかつて、審問官組織の象徴的存在であり、外敵にとっては絶望の四柱だった。


 ヴァルディア――封印術を極め、敵の魔力を根本から封じることができる稀代の術士。

 ノイエル――氷と音の複合魔法を自在に操り、遠距離・近距離問わず圧倒的な制圧力を誇る魔女。


そして、リズリィ、クラリーチェ。

 その四人は任務の失敗という概念を持たず、戦場では必ず勝利を収めてきた。

 だからこそ、慈悲派にとっても「敗れる」という事実は信じがたかった。



「……健司、という人間」

 

カリオペの声が静かに響く。


「彼はただ強いだけではないようだな」


 慈悲派の一人がうなずく。


「はい。言葉で相手の価値観を揺るがし、敵でさえ味方にしかねない……そんな力を持っています」


「そして――審問官の本当の目的をも、言い当てた」

 

カリオペの瞳が細くなる。


「血統の魔女を狙う、か」


 報告を聞いていた別の者が恐る恐る口を開く。


「……やはり、それは事実なのですか?」


「そうだ」


 カリオペは即答した。


「審問官の表向きの役目は魔女狩りだが、真の標的は血統の魔女――古代の力を色濃く受け継ぐ者たちだ。彼女らの存在は、組織にとっても国にとっても制御不能な危険と見なされている」


「なるほど……健司は厄介だな」

 

カリオペの唇に、わずかな笑みが浮かぶ。


「力だけでなく、人の心を変える力を持っている。しかも、敵の奥底を見抜く洞察まで備えているとは」


 慈悲派の中には不安げに顔を見合わせる者もいた。


「……放っておけば、審問官組織そのものに影響が及ぶのでは?」


「及ぶだろう」

 

カリオペは立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。

 夕闇が迫る街を見下ろしながら、低く続けた。


「だが同時に、利用できる可能性もある。敵を敵の手で揺るがす……これは我ら慈悲派の理念にも通じる」


「報告、ご苦労だった」

 

カリオペは慈悲派の面々を見渡す。


「しばらくは健司の動向を探れ。彼がどこへ向かい、誰と接触するのか――一挙手一投足を逃すな」


 命を受け、慈悲派は深く頭を下げた。

 扉が閉まると、部屋に静寂が戻る。


 カリオペは窓の外を見つめたまま、わずかに呟いた。


「……健司、か。四天王を揺るがした人間。面白い……」


 その瞳の奥には、計算と好奇心が複雑に入り混じった光が宿っていた。

 やがてその光は、これから訪れる波乱の前触れとなる。

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