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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編⑤脱出

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針葉樹の森



 夕暮れ前、森は深い影に包まれ始めていた。

 枝葉の間から差し込む光は、長く伸びた影を不気味に揺らし、足元の苔や落ち葉を銀色に縁取る。

 この森は、人の手がほとんど入らぬ領域――野生の獣と魔女たちの小さな契約のみによって守られてきた。

 その静謐を破る足音が、複数、規則正しく響いていた。


 先頭を行くのは、ノイエル。

 黒衣に銀の装飾が施された長衣をまとい、腰には細身の剣。冷ややかな瞳は常に前方を射抜き、無駄な動きは一切ない。

 彼女の隣には、長い金髪を背に流した魔女、ヴァルディア。

 淡紫色のローブに、肩から垂れるマントの縁取りには精緻な符文が刻まれている。それは彼女の魔法の系統――「忘却」と「精神抑制」を象徴する印だ。


 その背後に、カリストの旗を持つ数人の魔女たちが続く。

 彼女たちの表情は硬い。今から向かう先が、ただの追跡では終わらないことを知っているからだ。


 ヴァルディアがふっと笑った。

 その笑みは美しくも冷たく、情けを装いながらも本質は刃のように鋭い。


「……所詮、いくら絆があろうが無理だわ」

 その声は、まるで心の奥に直接届くような、柔らかくも侵略的な響きを持っていた。


「私の魔法で……すべて忘れてあげる」


 その言葉には、嘲笑でもなく、単純な敵意でもない――相手を“保護”してやるという歪んだ優越感が滲んでいた。


 ノイエルは、長い間の付き合いから、その響きが本気であることを理解していた。


「……そうだな。ヴァルディアの魔法があれば……な」


 しかしその声音には、同意というよりも“計算”の響きがあった。

 彼女は知っている。忘却は確かに強力だが、強い意志や魂の核を持つ者には通じないことがある。そして今回の相手――特に“あの二人”は、その例外である可能性が高かった。


 その時だった。

 木々の間に漂う空気が、一瞬にして変わった。

 ただの風ではない。熱を帯びた圧迫感が、森全体を押し潰すように広がっていく。


 先に感じ取ったのはヴァルディアだった。


「……来たわね」


 木立の奥、深い影の中から三つの影がゆっくりと歩み出てくる。

 ヴェリシア、リセル、そしてリーネ。

 それぞれが異なる色と気配をまといながらも、歩調はぴたりと揃っていた。


 ヴェリシアは、長い赤髪を背に流し、金の装飾が施された杖を片手に持っている。

 その瞳は深い青で、氷の静けさと炎の情熱を同時に宿していた。

 彼女の口元が、冷たくも毅然と動く。


「――ここまでよ」


 短いが、揺るぎない声だった。

 その瞬間、森の音が遠ざかり、三対の視線が空中で火花を散らした。


 ノイエルが薄く笑い、わざとらしく首を傾ける。


「ほう……“アスフォルデの環”のヴェリシアじゃないか」


 そして視線を横に滑らせ、リセルとリーネを見やる。


「人間に飼い慣らされている魔女たち、というわけか……。

 お前たちがそんな鎖を誇りにしているとはな」


 その言葉が終わるよりも早く――

 空気が、重く、熱く、鋭く変質した。


 リセルだ。

 長い銀髪が、風もないのにふわりと舞い上がる。

 その瞳は紅蓮に輝き、感情の奔流が抑えきれずにあふれ出していた。


「……飼い慣らされてる、だと?」

 

低い声が震える。


「ふざけるな……!」


 瞬間、彼女の周囲に赤黒い闇のような魔力が迸った。

 それは闇ではなく、魂そのものを灼き尽くす“怒り”の具現だった。


 ノイエルの足元の枯葉が、パチパチと音を立てて焦げる。

 ヴァルディアでさえも、わずかに目を細めて防御の構えを取った。


「お前だけは……許さない」


 彼女の声は、森の中で低く響く。


 ヴァルディアはそんなリセルを見て、薄く笑った。


「なるほど……強い感情。いいわ、それも忘れさせてあげる」


 彼女は手をかざし、淡紫色の霧が指先から広がっていく。

 それは空気に溶け、見る者の記憶を静かに蝕む忘却の霧――だが、その前にヴェリシアが杖を構えた。


「……それ以上は、許さない」


 青白い光が杖先に宿り、霧と衝突して火花のような魔力の粒子が弾ける。



 リーネは既に詠唱を開始していた。

 彼女の足元から複雑な魔法陣が広がり、地面の苔や根が微かに振動する。

 それに呼応するように、森の奥から獣たちの低い唸り声が聞こえた。


 ノイエルは剣をゆっくりと抜き、笑みを浮かべる。


「面白くなってきた……」


 そして、低く呟く。


「捕らえろ――生きても、死んでも構わん」


 その号令とともに、森の中の空気が一斉に爆ぜた。

 戦いの幕が、いま開こうとしていた――。


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