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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環①ヴェリシアとローザ

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谷に揺れる影

魔女の谷――人々がその名を恐れ、誰も近づこうとはしない禁域。

その中心にそびえる黒い塔の最上階、魔女たちの会議が静かに始まろうとしていた。


「――報告がある」

低く響く声が、円卓の静寂を破った。


声の主は、〈漆黒の眼〉と呼ばれる魔女、エルネア。

谷の組織の中でも、軍略と情報に長けた冷酷な存在として知られていた。


「かつて我々の一員だった、クロエが……人間と行動を共にしているという情報が入った」


ざわり、と周囲の魔女たちの間に波紋が走った。


「……なんですって?」


「まさか、クロエが? あの“沈黙の炎”が人間と?」


「信じられない。あの女が感情に流されるなんて」


円卓に集まる魔女たちは、皆この谷に忠誠を誓い、組織の理念に従って生きている者ばかりだった。

力こそが正義。

人間への復讐こそが正義。


その中で、かつて仲間だったクロエの“裏切り”は、穏やかならぬ話題だった。


エルネアが小さく指を鳴らすと、傍らの水晶玉が淡い光を放ち、幻影を映し出した。


そこには、森を歩くクロエの姿。

その隣には――青年の姿があった。


「これは……!」


「人間の男……!?」


「しかも、楽しそうに会話をしている……」


「クロエが人間を“信じている”とでもいうのか?」


沈黙が一瞬だけ場を包んだ。

だがその直後、鋭い声が響いた。


「ありえない!」

声の主は、赤髪の魔女・ヴェリシア。

かつてクロエと共に任務を遂行していた古株であり、今では組織の武力部門を取り仕切っていた。


「クロエは感情に流されるような女ではなかった。私たちと共に、力を信じていたはずだ」


「事実が目の前にあるのだ、ヴェリシア」エルネアが冷たく返す。「彼女は変わったのだ。裏切りか、あるいは……心を歪められたのかもしれない」


「……“あの人間”が、クロエを利用していると?」


「可能性はある。魔女を従える手段を持つ、特殊な存在かもしれない」


重苦しい空気が、円卓を包んだ。


そのとき、控えていた若い魔女のひとり、ミリィが声を上げた。


「でも、もし本当に……クロエ様が“人間を信じている”のだとしたら……それは、それだけの理由があるのではないでしょうか?」


一斉に視線が彼女に集まる。


「何を言っている。お前は組織の理念を忘れたのか」


「い、いえ! でも……!」


「甘い考えは命取りになるぞ」


ミリィは小さく肩をすくめた。

けれど、その目は怯えてはいなかった。


「私は、クロエ様に命を助けられたことがあります」

「そのとき、あの方は“ただ生きてほしい”と、私に言ったんです」


円卓が再び静まり返る。

だが、ヴェリシアが立ち上がり、厳しい目で告げた。


「クロエがどう変わろうと、我々は“組織の方針”に従うだけだ」


「――ならば、確認すべきだ」

エルネアが言った。「事実を。彼女が本当に裏切ったのか、あるいは何か他の理由があるのか」


「まさか……クロエに会いに行くというの?」


「それが必要なら、我々の中から“接触要員”を出す」


ざわつく場。

それは、接触の名のもとに、処断も辞さないという意味だった。


「私が行く」

声を上げたのは――ヴェリシアだった。


「私なら、クロエの心を読み取れるかもしれない。かつて……同じ道を歩いた者として」


エルネアはしばし黙考し、頷いた。


「よろしい。ヴェリシア、お前に一任する」


「……了解しました」


ヴェリシアがゆっくりと席を立ち、扉の方へと歩いていく。


魔女の谷。

その静寂の下、古い盟友を巡る闇が、またひとつ動き出していた。

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