恐れと孤独のはじまり
かつて、世界は平和だった。
人々は笑い合い、自然は豊かに実り、空には祝福の光が降り注いでいた。
それは、神さまの恵みだと
信じられていた。
けれど、あるとき。
世界は、少しだけ、歪んだ。
神さまの祝福は、ある者たちに
「特別な力」を与えた。
炎を操る少女。
風を呼ぶ少女。
大地を揺らす少女。
彼女たちは、あまりにも強すぎた。
最初は、皆、彼女たちを「神の使い」と呼び、歓迎した。
だが、次第に恐れ始めた。
――自分たちとは違う。
――いつか、滅ぼされるかもしれない。
――あれは、人ではない。魔物だ。
そう囁かれるようになった。
やがて、彼女たちは「魔女」と呼ばれ、村を追われ、街をさまよい、森に、山に、隠れるようにして生きるしかなくなった。
そして、魔女たちもまた、人間を信じなくなった。
裏切り、嘘、暴力――。
心に受けた傷が、彼女たちを孤独に変えていった。
***
そんな世界に、生まれたのが――僕、健司だった。
僕は、特別な力を持って生まれた。
「人の気持ちがわかる」力。
正確には、相手の感情が、色や光になって、頭の中に流れ込んでくる。
喜びは、やわらかな金色。
怒りは、刺すような赤。
悲しみは、にじむ青。
言葉にされなくても、態度に出されなくても。
誰かの心が、手に取るようにわかる。
それは、ある意味で、祝福だったのかもしれない。
だけど――僕にとっては、呪いだった。
なぜなら、僕は、何よりも「大切な人を失うこと」を恐れていたからだ。
小さな頃、僕には、大好きな幼なじみがいた。
名前は、ミナ。
一緒に川で遊び、草原を走り、夜には星を見上げた。
いつか大人になったら、一緒に旅に出よう。
そんな、ありふれた、けれど世界のすべてみたいな約束をした。
けれど。
ミナは、消えた。
ある日突然、理由もわからず、何の前触れもなく、いなくなった。
誰も教えてくれなかった。
大人たちは、目をそらした。
誰も、真実を話してくれなかった。
僕は知りたかった。
ミナは、どんな気持ちだったのか。
僕を恨んでいないか。
悲しんでいないか。
それとも、ただ、俺のことなんか忘れてしまったのか――。
その”恐れ”が、僕の中で育ち、形を持った。
そして、「心を読む力」となった。
だが、この力があっても。
ミナの本当の気持ちは、わからなかった。
だから僕は、誓った。
――もう、誰も、ひとりにさせない。
――誰かが、心に痛みを抱えているなら、僕が寄り添う。
――たとえ、それが、人々に恐れられ、拒絶された魔女たちだったとしても。
僕には、彼女たちの孤独が、痛いほどわかるから。
恐れが生んだ力だからこそ、わかるから。
「待ってろよ、ミナ。
僕はきっと、世界を変えてみせる」
夜空を見上げながら、そう誓った。
星々は、何も答えなかった。
けれど、ほんの少しだけ、優しい光が降り注いだ気がした。
***
それから数年。
僕は、旅に出た。
小さな村から、広い世界へ。
かつて神の祝福がもたらされたと呼ばれる、古い大地へ。
そして、今なお”魔女”と呼ばれる少女たちが、孤独に生きる場所へ。
彼女たちに、出会うために。
彼女たちを、救うために。
そして――僕自身が、前に進むために。
この旅は、きっと、誰かの心を救うだけじゃない。
僕の心も、救うための旅なのだろう。
そんなことを思いながら、僕は、ひとつの森へと足を踏み入れた。
そこに、最初の”魔女”が、待っていた。




