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Episode9-1

 トントントントン。玉ねぎを薄切りにしながら、なんとなく二週間前の事を思い出す。

 

 あの後、聖女の役割についての説明があった。ここ数年、ニステルローイ王国では魔物の大量発生が起こっているらしい。年を追うごとにその数は増し、騎士団や魔導士団などの王国軍だけでは捌き切れない状態になっているようだ。

 

 特に王国辺境の地域ではその傾向が顕著で、魔物は人間の生活圏を脅かし小さな村や町の人々は故郷を捨て避難を余儀なくされているそうだ。このままでは、いずれ大きな街や地方都市・やがては王都を含む国全体がその波に飲み込まれる事は明白で、国の存亡が掛かる事態となっている。


 この世界の魔物は繁殖によって生まれる事は少なく、ダンジョンモンスターのように湧き出てくる存在が多いようだ。国に数カ所ある“常闇の巣”と呼ばれる所から。ここ何百年もの間、新しい“常闇の巣”は増えなかった。だから定期的に魔物を間引きしていれば、特に問題はなかった。むしろ、魔物からとれる素材や肉などは生活に欠かせないもので、人々の生活の糧となっていた。


 ところが数年前から、何故か王国各地に新たな“常闇の巣”がいくつも生まれる事態が発生。しかも、その数は今も増え続けている。しかし魔物は倒せても、根本原因である“常闇の巣”を潰す方法がない。そうなると魔物の数は減る事はなく、むしろ増える一方となる。軍や冒険者の数にも物理的な限界がある。ジリ貧の状況が続き、器から水が溢れるように限界を迎えようとしていると言う訳だ。


 そんな時に亡くなった先代から王の座を引き継いだティエリー様は、王族の禁書庫で数百年前に行われた聖女召喚に関する文献を発見。なんとそこには、聖女であれば伝説の聖属性魔法を使い“常闇の巣”を消滅できると記されていた。ティエリー様達は、議論に議論を重ねた。何故ならば、聖女召喚は非人道的な行為だからだ。しかし国の滅亡はすぐそこまで迫っている。許されない行為ではある。しかし彼等には、何十万という国民の命を守る義務がある。他に方法はなかった。


 …斯くして長い葛藤の末、自責の念を抱えつつ彼等は聖女召喚の儀式を行った。そこから先は私達が知っている通りだ。

 「ねぇ、ねぇ〜。何を作ってるの?」


 エルダが耳をピンと立てて問い掛けてくる。興味津々と言った様子で、尻尾をフリフリさせている様子がとても可愛い。健康そうな褐色の肌に、ショートボブにされたワインレッドの髪の毛がよく映えている。彼女は私に付けられた侍女で、自室であれこれと生活を助けてくれる存在だ。


 「私達の故郷の料理だよ。クリームコロッケって言うんだけど、渼音の大好物なの。」

 「タツキとミオンさんの故郷の料理か〜。あたしも楽しみだなぁ!」


 エルダは明るく天真爛漫な性格だし、平民なので私も気安く話せてとても助かっている。この世界に来て初めて出会った獣人に最初は驚いたけど、見た目が可愛らしい事を除いては全く人間と違いがない。猫獣人らしく身体能力は凄いようだけど、まだそんな場面には遭遇していないしね。玉ねぎを切り終え、話しながらも次はベーコンを細切りにして行く。


 「せっかくお部屋の中に、こんなに立派なキッチンを作って貰ったからね。」

 「そうだね!あたし驚いちゃった‼︎タツキは“星の宮”を賜るって聞いてたのに、ミオンさんが賜った“月の宮”に一緒に住むだなんて。しかもお部屋にキッチンを作るだなんて。」


 フライパンにバターを入れて熱し、ベーコンを炒め一度取り出しておく。そこに、玉ねぎを入れ焦がさない様に注意しながら、じっくりと炒める。


 「聖女の渼音はともかく、何の役にも立たない私が宮殿を一つ貰って住むなんて出来ないよ。」


 そう。“星の宮”を与えられる予定だった私は全力でお断りしたのだ。渼音が使う“月の宮”の使用人部屋でも与えて貰えれば十分で、侍女も付けなくていいと。しかし、そんな酷い対応は流石に出来ないと難色を示したティエリー様達と長時間に渡る話し合いを行い、出した結論が今の状態だ。

 

 “月の宮”の一番大きな客室を私好みに改装して住む。侍女は一人付けることとする。


 最終的に、ティエリー様達が渼音と私の待遇に大きな差を付ける酷い王族だと思われない様に、と言う渼音のアドバイスを受け入れた格好だ。せっかくなので対面式のオープンキッチンと広い浴槽を設置して貰ったのだ。王族の人達も何とか納得してくれて良かったよ。

 

 「玉ねぎが透き通ってきたら、さっき炒めたベーコンをもう一度フライパンに戻して、ここにコーンも入れるよ。」

 「良い匂い〜。お腹空いて来ちゃったよ〜。」

 「まだまだ完成しないよー。」


 尻尾をしょんぼり垂れさせるエルダに苦笑いして、薄力粉を振り入れ粉っぽさがなくなるまで弱火で炒めていく。昨日のから仕込んでいたコンソメスープと塩・胡椒で味を整えて、牛乳を少しずつ加え、その都度混ぜる。中火に変えて熱し、とろみが付くまで煮たらホワイトソースの出来上がりだ。


 「もう完成だよね。だよね?味見していい?」

 「まだだよー。これを容器に移して粗熱を取ってから冷蔵庫で一時間ほど冷やすから。」

 「せっかく作ったのに冷やしちゃうの!?」

 「うん。その間にパン粉やトマトソースを作るから、エルダも手伝ってね。」


 キッチンに設置して貰った大きな冷蔵庫にホワイトソースを入れる。因みに、なんと冷凍庫もあるのだ。詳しい仕組みは知らないが、魔石を利用した高級品らしい。コンロも同様で、火力の調整を含め日本のガスコンロと使い勝手が変わらない優れものだ。


 「パン粉って何?」

 「エルダは、この固いパンをこんな風におろし器で削っていって。それがパン粉になるから。」


 よく分からないと言った表情で、それでもパンを受け取りお手伝いをしてくれる。平民の彼女は、城勤めをする前には普通に自炊もしていたらしく、料理をする事に抵抗はなさそうだ。私はその間に、玉ねぎを今度はみじん切りにしていく。この世界の料理は、基本的に塩味で素材を焼く・炒める・煮ると言ったシンプルなものが多い。素材の味を生かすと言えば聞こえは良いが、様々な調味料や出汁文化に慣れている日本人には少し辛いものがある。


 よって料理をすると言っても、まず調味料が存在しないのでそれらを使うものは今のところ作れない。そこで異世界最初の料理に選んだのが、コンソメスープとクリームコロッケである。ホワイトソースそのものに十分な味があるし、クリームコロッケと相性の良いトマトソースは簡単で私でも作れる。何より渼音の大好物である。


 みじん切りを終えると、フライパンにオリーブオイルを入れ、薄切りにしたニンニクを加えて香り付けをする。ニンニクが焦げる前に取り出したら、玉ねぎを投入し飴色になるまで炒める。湯むきしておいたトマトを賽の目に切り、コンソメスープを加えたフライパンの中で潰すように混ぜてピューレ状にしていく。これを煮込み、水分が程よく飛んでもったりとして来たらトマトソースの完成だ。

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