表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/43

Episode8

 「……皆さん、頭をお上げください。」


 長い、とても長い逡巡の後に、渼音がぽつりと声を溢す。小さな呟きのそれは、だけれど不思議と力強く、部屋全体に響き渡った。


 「聖女の役割が何であるのか、私に何が出来るのかは分かりません。もしかしたら、命の危険がある事なのかもしれません。それでも……私でお力になれることならば、お受けしたいと思います。この国の皆さんを守る一端を担わせてください。」


 そっと渼音の横顔を覗き見る。その横顔は、静謐そのもので慈悲に満ちている。


 「……聖女…さま……。」


 その呟きは誰が溢したものだろうか。神々しい程に神聖なその姿は、本当に物語に出てくる聖女様そのものだ。


 …だけど、私だけは知っている。繋がれた手の震える感触と冷たさを。


 聖女様じゃない。…聖女様なんかじゃないんだ。この子は人より優しすぎるだけの、普通の十七歳の女の子なんだ。私だけは普通の幼馴染として、普通の親友として、聖女様ではないそのままの渼音を守らなきゃ。支えるんだ。今後何があっても。私に出来る方法で。


 「……聖女様の、慈悲深いお心に感謝致します…。」


 王国側を代表して、ティエリー様が短く感謝を告げる。目には涙が滲んでいる。ジュリアマリア様は涙を流し、お姫様達の啜り泣く音も響き渡る。たった一言の感謝の言葉、それでも万感の想いが籠ったティエリー様の一言に感じ入り感動すら覚えて、だけれど私の口からは反射的に声が出る。


 「渼音です!……この子の名前は、渼音です。呼ばないでよっ!どうか…ここにいる人達だけはっ。渼音の事を聖女様だなんて呼ばないでっ‼︎」


 渼音が、ティエリー様が、他の全員が私の突然の怒りに目を丸くしている。先程までの感動的な雰囲気は今や消え去り、部屋の空気は完全に凍りついていた。…やってしまった。ニステルローイ王国の後世の歴史に残るような、聖女様と王族の皆様の神秘的な場面を見事にぶち壊してしまった。


 …だけど私に後悔はない。ないったらないのだ。


 他の誰が渼音の事を聖女様と呼んでも、この人達が聖女様と呼ぶのだけは何故か我慢ならなかったんだ。ティエリー様が儀礼として、聖女という言葉を使ったことくらい分かってるよ。それでも嫌だったのだから、しょうがないんだ。


 …あぁ、でもこれってもしかして、不敬罪⁉︎


 たかだか召喚に巻き込まれただけの、オマケの小娘がいきなり国王様をタメ口で怒鳴り付けるだなんて…冷静に考えなくてもアウトだよねぇ……。良くて投獄とかされちゃう系かな。最悪、打首獄門とか?いや、ヨーロッパ文化っぽいし磔の刑かなぁ。あははは……。


 …渼音の事を守って、支えるって決めたばっかりなのにぃぃー!


 ぬおおおぉぅーっと頭を抱える私を、突然柔らかな感触が包み込む。


 「…ありがとう。龍貴ちゃん。でも私は大丈夫だよ?私は、龍貴ちゃんさえ分かっていてくれたら、今まで通り傍にいてくれたら、それだけで十分なんだから。」


 ぎゅっと抱きついている渼音は、今まで見た事がないほど嬉しそうな顔をしている。


 「全く…ティエリーったら。タツキちゃんが怒るのも当然だわ。聖女の役割を担うとは言え、ミオンちゃんだって普通の若い女の子ですもの。わたくし達が聖女様だなんて呼んで、これ以上の重責を掛けるものではないわ。」

 「お母様の言う通りだ。この愚弟ときたら…。タツキ、そしてミオン。ティエリーに代わり謝罪する。どうかこの愚かな弟を許してやってくれないか。これも悪気はなかったのだ。」


 渼音に抱きつかれながら死刑宣告に怯えていると、ジュリアマリア様とステファニア様がティエリー様を詰り出した。私が目を白黒させている内に、次女と三女もそこに加わる。


 「お兄さまは、鈍感で少し残念な所がありますから…。あの場は礼節を保つためだったのでしょうけれど…。」

 「ええ、タツキ姉は悪くないわ!怒って当然よ!あれはティエ兄様が悪いわよ‼︎」


 女四人に囲まれ、やいのやいの責められているティエリー様が、居心地悪そうに目を逸らし困ったように視線を彷徨わせる。うちでも兄妹唯一の男の龍星が、よく三姉妹に責められてあんな顔をしてたなぁ。女が強いのはどこの世界でもおんなじだ。ふと、日本に残してきた家族を思い出し意識遠くに飛ばしていると、ティエリー様が困った顔で謝罪してきた。


 「すまなかったね…タツキ。決して悪気はなかったんだ…。それからミオンもすまなかった。君に重責を掛ける意図はなかったが、結果としてそうなってしまい申し訳ない。」

 「いいえ、気にしないでください。ティエリーさんにそんなつもりがなかった事は分かってますから。それに龍貴ちゃんが私の代わりに怒ってくれたので、なんだかスッキリしちゃいました。」


 えへっと首を傾け、あざと可愛く笑う渼音。この子仕草は可愛いけれど、最後の方は結構辛辣な事を言ってるよ。ティエリー様は相変わらず困った表情で顔を引き攣らせて、私に視線を向ける。


 「こちらこそ、失礼な物言いをして申し訳ございませんでした。つい感情的になってしまって…。それで……わっ私は投獄とかされるんですよね?」

 「「「「「とっ投獄⁉︎」」」」」

 「分かってます。ティエリー様に対する不敬罪ですよね。あのう…この後に及んで図々しいのですが、せめて処分が決まるまでは渼音と毎日面会させて頂けませんか?」

 「「「「「何にも分かってない‼︎」」」」」

 

 皆んなが声を揃えて絶叫する。


 「えっ?分かってない…。では投獄はされず、いきなり死刑でしょうか?」

 「いやいやいや…。タツキは意外と天然なんだね……。今回は私が悪いのだから、罪になんか問わないよ。それに、あれぐらい砕けた感じで接して貰える方がありがたい。…それにしても私は暴君か何かだと勘違いされていやしないか……。」


 なぜかがっくり肩を落とティエリー様。なんだか分からないが、とにかく罪に問われないようで良かったよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ