Episode7
「皆さん、ご丁寧に挨拶頂きありがとうございました。」
渼音がお礼の言葉を述べ、丁寧かつ洗練された所作で頭を下げるのに合わせて、私も一礼する。
「私は、北条渼音と申します。…いえ、私達の国はファーストネームを後ろに持っていく風習ですので、こちらの国に合わせるとミオン・ホウジョウになりますね。どうぞ皆さんもミオンとお呼びください。」
ニステルローイ王国側の人達へ視線を巡らせながら、堂々と挨拶を続ける渼音。高校生ながらプロのモデル業をやっているだけあって場慣れしている。よく知らないけど、オーディションとかパーティーとかで当たり前のように何度もやって来たんだろな。普段私といる時にはあまり見せない大人で格好良い一面だ。
「年齢は十七歳ですので、アーデルヘイトさんとは同い年になりますね。仲良くして頂けると嬉しいです。もちろん、ステファニアさんとコルネーリアさんもよろしくお願いしますね。」
「あら、わたくしを仲間外れにしないでちょうだいね?」
「はい、もちろんです。」
早速名前を覚えて貰えたことが嬉しかったのか、同い年と言うことで名指しされたアーデルヘイト様をはじめとし三姉妹が顔を綻ばせている。その輪にちゃっかりと加わるジュリアマリア様も嬉しそうだ。さすが渼音。名前と年齢だけの本当に簡単な自己紹介なのにそつがない。渼音が席に座ると、皆んなの注目が私に集まる。
「タツキ・コテガワと申します。タツキがファーストネームです。ミオンと同じ十七歳です。」
…渼音に比べて私ときたら……。自分でも分かっている事だが…。自己紹介が苦手とか緊張するとか人見知りだとかではないんだけど、こういう時に愛想を振り撒いたりするのは出来ない質なんです。よく素っ気ないとか無愛想だとか言われて、渼音にフォローさせちゃうんだよなぁ。
「…よろしくお願いします。」
せめて悪意や害意がない事を伝えたくて、深々と日本風のお辞儀をする。一般人の私にはカーテシーも出来ないし、渼音のような洗練された所作でもないけれど。気持ちが大事なのだ。顔を上げると皆さん優しく笑みを浮かべこちらを見てくれている。渼音のフォローが入らなかった事を考えると、一応は及第点だったのかな。
「さて。これで一通り自己紹介も済みましたし、早速本題に入りましょうか。」
ティエリー様がそう言って軽く手を振ると、ロレーナさんを含む四人の侍女さん達が素早くお茶を新しいものに入れ替え、部屋の外に退出する。扉が完全に閉まるのを待ってティエリー様とジュリアマリア様を先頭に、王国側の人達がテーブルのこちら側へとやってきた。大きなテーブルが置いてあるが部屋自体がそれ以上に大きいため、全員がこちらに移動してきても、狭さや圧迫感はまるで感じない。
「改めまして、この度、召喚の儀式にてお二人を無断かつ無理矢理こちらの世界へ転移させたこと、誠に申し訳なく深くお詫び申し上げます。」
全員が跪き、謝罪の言葉が述べられる。そして跪いたまま、ティエリー様が渼音の手を、ジュリアマリア様が私の手をとり、手の甲を額に当てた。恐らくこの国では、最大級の謝罪の体勢にあたるのもなんだろう。日本で言えば土下座のような感じだと思う。
侍女達を下げたのは機密保持と同時に、王族をはじめとしたこの国のトップ達が謝罪する姿をみせないための配慮でもあるんじゃないかな。だって、そもそも国王様というものは簡単に謝ってはいけないものだ。国王と言う立場がそれくらい重いものなのは私にだって分かる。
それをいくら聖女とその友人とは言え、小娘二人に対して真摯に謝ってくれる。召喚された事実自体は簡単に許せるものではないけど、召喚されたのがこの国だったのは不幸中の幸いだと言えるのかもしれないね。
「…結論から申し上げますと、我々にあなた方を元の世界に戻す術は現状ございません。勿論、引き続きこの国の総力をもって調査致しますが、正直に言えば可能性はゼロに近いでしょう…。」
昨日からその可能性については、ずっと考えていた。そして二度と日本へ帰れないんだろうなとは薄々思っていた。ある意味では想定内の結果だ。なのに、こうして事実を突き付けられると、足元に急に穴が空き深く暗い奈落の底へ叩き落とされるような感じがする…。一瞬で身体中が冷え切り、ガクガクと震えがくる。
何か、なんでもいいから声をあげて叫び回りたい気分なのに、口を開くことすら出来ない。私に出来た事と言えば、殆ど無意識の内に渼音の手を握った事ぐらいだ。
「いくらこの国が窮地に陥っているとは言え、我々がした事は人攫いも同然…いえ、それ以上に卑劣で愚劣極まりない行為です。自国を救うために我々の都合だけで、あなた方の人生を狂わせ、尚且つ聖女の重責さえ押し付けようとしているのですから…。この罪は、この場にいる我々全員の命を持って贖います。」
渼音の冷え切った手が、痛いくらいの強さで握り返してくる。私以上に震える手を握り締める事しか今は出来ない。昨日の、自分のせいで私を巻き込んでしまったと泣きじゃくる渼音が姿が脳裏に甦る。
「…しかしながら、恥を承知の上でお頼み申し上げます。どうか!どうか、この国を救うためにお力を貸して頂けませんでしょうか!我々の命はどうなっても良い。事が済めば如何様な罰も、お望みのまま受けましょう。我々に差し出せるものがあれば、何であろうと差し出します。身勝手な言い分なのは重々承知の上ですが、この国の民を救うため……何卒、聖女様のお力をお貸し頂けませんでしょうか‼︎」
更に深く首を垂れる一同。自分達の罪を認め、自らを断罪する彼らを見ていると、召喚自体悩みに悩み議論や葛藤を重ねていたんだろうと想像がつく。正直、この国のトップ達が自らの命を差し出す覚悟までしているとは思わなかった。そして、私利私欲のためではなく国民のために、そんな覚悟を出来る彼らの事を凄いと思った。
…この国の人達は幸せものだな。
「……これは私どもの身勝手によるお願いです。先程申し上げあげた通り、強要も強制も決してするつもりはございません。お断りになられても、この国の賓客としてお迎えし何不自由ない暮らしをお約束致します。無論、帰還方法の調査も継続して行います。」
ティエリー様が、柔らかい笑みを浮かべ私達を交互に見つめる。助力を仰いでいた時の、苦悶の表情はそこにはない。
「ですので、どうか我々に遠慮などせずお決め下さい。…私どもとしては、こうして真摯に話しを聞いて頂けただけでも望外の結果なのですから。」
私自身を召喚に巻き込んだことなら赦す事が出来る。まだ気持ちの整理はつかないけど、彼らを見ているときっと赦す事が出来ると思う。
…だけど、私には、ここで彼らに赦しを与える事はできない。ましてや助ける事など、不可能だろう。なぜならば、私は聖女じゃないから……。
そして、私は親友をみる。
…この物語の主人公。北条渼音を。