Episode6
「次はわたくしにご挨拶させてください。」
そう言って立ち上がったのは、ニステルローイさんの隣に座る美しいお姉様だった。ニステルローイさんと似た色合いの長い金髪を後ろで複雑に編み込んでおり、口元にあるほくろがとても妖艶な魅力を醸し出している。多分だけどお姉さんじゃないかな。いや、そう見せかけて実はお嫁さんと見た。答えは王妃様だね。渼音以上にスタイル抜群で胸も大きい…。ついついじっと見つめてしまった私と目が合うと、紫色の瞳を嬉しそうに細め、微笑んでくれる。なんて言うか包容力が凄くて聖女様ならぬ、聖母様みたいな美人さんだなぁ。
「わたくしは、ジュリアマリア・ニステルローイと申します。ここにいるティエリー、そしてこちらの三人の娘の母でございます。」
「「…お母さん……。」」
…まさかのお母さんだったよ!えっ、だってニステルローイさんが、十九歳なんでしょ?何歳の時に産んだ子供なの⁉︎って言うか美魔女にしても若すぎない。いったい何歳なのよ⁇
「あっ…いや、失礼しました……。あまりにもお若くてお綺麗なので、ニステルローイ様のお姉様かお妃様かと…。」
正直に伝え謝罪すると、隣で渼音も頭を下げている。
「あらあら、まあまあ!嬉しい事を言ってくれるわね〜。どうやら、わたくしも驚かせてしまったみたいね。だけど、ティエリーと違ってわたくしの年齢は秘密よ。タツキちゃんもミオンちゃんも、これからよろしくね。」
「「こっ、こちらこそよろしくお願い致します。」」
人差し指を唇の前で立て、悪戯っぽくウインクする姿は二十代にしか見えない。大はしゃぎするジュリアマリア様を横目で見たニステルローイ様が、ふぅっと短い溜め息を漏らす。
「母上、その辺になさってください。二人が困っているではありませんか。」
「あら、少しくらい良いじゃない。」
「全く…。それとタツキ様、私の事はティエリーとお呼びください。敬称も不要です。呼び捨てで構いません。もちろん、ミオン様もね?」
「それはそうね。ニステルローイは沢山いるから、誰の事か分からないものね。わたくしの事もジュリアマリアと呼んでちょうだいね?」
「いえ…。王様と王太后様を呼び捨てにする訳には……。それに、気安くファーストネームで呼ばせて頂くのも失礼ですし…。」
流石に失礼だし、そんな事は出来ないと言う私にマリアジュリア様が食い下がる。
「失礼だなんてそんなことはないわ。あなた達は我が国の大切なお客様なんですもの。それに、わたくしはあなた達とこれからもっと仲良くなりたいと考えているの。それこそ、家族同然のようにね。」
「母上の言う通りですよ、タツキ様。それに口調も崩して頂いて構いませんよ?」
そう言われても、私は誰かを名前で呼ぶ事は苦手なのだ。家族や渼音のように気の置けない相手ならいいが、そうでなけばその一歩がなかなか踏み出せないタイプなんだよ。それに家族同然の関係を、と言って貰えるのはありがたいが、聖女である渼音はともかくオマケの私まで今後もそう思って貰えるのかは分からない。二人が良い人なのは間違いなさそうだけど、国の重臣や他の人達がどう思うのかはまだ分からないからね…。どうしたものかと、「うーん」と唸る私の横で渼音が口を開く。
「わかりました。それでは遠慮なく、ファーストネームで呼ばせて頂きます。ですが、国王様達に対しての呼び捨てや、言葉遣いを不快に思う方もいらっしゃるかもしれません。ですので、お互いに良い関係を築いて行く過程の中で徐々に…という事で如何でしょうか?」
「なるほど…勿論何があっても守るつもりでいますが、確かにあなた達が無用な反感を買うのはこちらの望む所ではありませんね。…承知しました。少しでも早く良い関係を築けるように努めたいと思います。」
「ありがとうございます、ティエリーさん。それから、ティエリーさんこそ私達に敬称を付けたりするのをお辞めになって頂けませんか?…これから先、良い関係を築いて行くためにも。」
花が咲くような笑顔でニコッと笑う渼音。さすがハイスペック美少女である…。失礼にならない一定レベルの礼儀は保ちつつも、お互いの要求に落とし所を見つけて、瞬く間に距離を詰めてしまった。ファーストネームに加え、“様”付けではなく“さん”付けで呼ばれるちょっとしたサプライズにティエリー様も嬉しそうだ。…私には到底真似できない芸当だね。
「わかりました…いや、わかったよ、ミオン。皆んなやタツキもそれで良いかい?」
「ええ、勿論よ。」
「はい。ティエリー様。ジュリアマリア様や皆様も改めてよろしくお願い致します。」
ティエリー様の言葉をジュリアマリア様が肯定し、他の皆さんも頷いている。その中で、私が発した“様”付けの呼び方にはなぜか皆んなが苦笑していた。
その後の自己紹介は滞りなく進んでいった。ジュリアマリア様の三人娘の長女であるステファニア様は、アッシュブロンドの髪を三つ編みにして後頭部でお団子を作るシニヨンと言う髪型だ。凛々しい女騎士のような雰囲気のお姫様だった。プラチナブロンドに少し青みを足したようなグレーがかった色味の髪に、淡褐色の瞳が良く似合っている。年齢はティエリー様の二つ上らしい。やはり出産時の年齢が気になり、ジュリアマリア様をチラッと見たが眼の奥が笑っていない笑顔が返って来たので、すぐさま目線を逸らしましたとも…。
次女のアーデルヘイト様は私達と同い年の女の子だった。おっとりとした雰囲気で、包容力のある感じがマリアジュリア様に似ていた。多くの人が想像するような、正統派のお姫様だ。プラチナブロンドの金色ながら限りなく白に近い髪を肩先まで伸ばし、毛先に緩くウェーブを掛けて遊ばせている。こちらも白に近い灰色の瞳と合わさり、全体的にどこか儚げな印象を漂わせていた。なんだか守ってあげたくなっちゃうタイプだ。
三女のコルネーリア様は、金髪の中に赤みが混じっている鮮やかなストロベリーブロンドが印象的だった。特徴的な色合いの髪はツインテールにされ、縦ロールに巻かれている。吊り目で意思の強そうな瞳は、燃えるような赤色だ。私より三歳も年下のようだが、左の目元にある泣きぼくろが妙にセクシーで、年齢に見合わない妖艶な魅力を漂わせている所に、ジュリアマリア様の遺伝子を強く感じる。苛烈で気が強そうな感じを受けるが、同時に末っ子が持つ甘え上手な雰囲気も持っており、小悪魔的な存在なのかしれない。
そして、ティエリー様が“家族同然”とまで言い切り信頼を寄せていた四人の人達は、騎士団長のアンドリュー様をはじめ、魔導士団長・宰相・薬師団長、そして執事長兼国王秘書官とこの国の中心を担う方々だった。各部門のトップを務めているのに、皆さんとても若かった。一番年上に見えるアンドリュー様でも、三十歳手前なんじゃなかろうか。
ひとまずニステルローイ王国側の自己紹介が終わる。皆一様に、渼音だけでなく私に対しても好意的な姿勢を見せてくれたことに内心ほっとしていた。
…この分だと、なんとか今回の目的は達成出来そうかな。