Episode5
私達の、と言うか恐らく聖女である渼音のためのお世話係であろう侍女さんに連れられて、広くて長い王城の廊下を歩いてる。大理石のような床には、上質なワインレッドのカーペットが一本敷かれているせいか足音は全く響ずとても歩きやすい。私の傍らには、しっかりと握った手を片時も離さないというような顔の渼音がいる。
「ここから先は、王族の皆様と許可を与えられている一部の者しか立ち入る事ができないエリアになっております。」
侍女さん…ロレーナさんがそう説明すると、私達の周囲を四角形に囲む形で歩いていた四人の騎士の皆さんが一斉に退いた。どうやらここからは、護衛の交代をするらしい。名目上は護衛でも、恐らく監視の役割もあるのだろうけど。聖女とは言っても、初対面に近い人間をいきなり城で自由にする訳がないので別に嫌な気はしないが…ましてやオマケもいる訳だしね。
王族のプライベート空間に繋がるのであろう扉の前には、門番のような騎士の方が二人。そして、長身のイケメンが一人立っていた。
「騎士団長のアンドリュー・フェリックスと申します。ここから先は私が護衛を務めさせて頂きます。」
特徴的な赤髪は短髪に切り揃えられており、瞳は焦茶色をしている。がっしりとした体型からは想像も出来ないほど軽やかな動きで、胸に手を添えて軽くお辞儀をしてくる。カーテシーと言うものなのかな。こちらの貴族男性がやる挨拶のようだ。
フェッリクスさんは私達の後方につき、ロレーナさんが先導してくれる。扉の奥に入る許可が出ているのならば、ロレーナさんもただの侍女ではなく、貴族のご令嬢なのかもしれないな。そんな事をぼんやりと考えながら進むうちに、目的の部屋へ到着したようだ。扉を開けてもらい中に入ると、そこには予想以上に多い数の人達が待っていた。
昨日は突然召喚されたうえスキル鑑定まで行い、混乱と緊張で感情が昂っていた私達にニステルローイさんが配慮をしてくれ、詳しい説明などはまた明日という事で客室に案内して貰えたのだ。よって今日は聖女召喚と、私達の今後の処遇などについて詳細な説明をして貰える事になっている。
…この国の役に立てない私は放り出されてもおかしくない立場だけど、少なくとも渼音を一人にさせないように交渉しなきゃ。
ぐっと拳を握りしめて渼音と共に一歩踏み出し部屋の中へ入る。部屋には長方形の大きなテーブルが置かれている。両側に十人ずつとお誕生日席に一つずつ椅子が置かれているテーブルは、木製で一見シンプルに見えるが細かい花や動物の彫刻がされており高価な物だという事がわかる。同じく部屋もシンプルな作りで余分な物は余り置いていないが、それでも品の良い調度品が飾られており、王族の会議室と言った雰囲気だ。
「おはようございます。朝からお呼びだてをしてしまい申し訳ございません。昨夜はよく休めましたか?」
「はい。せっかくお部屋をご用意して頂いたのに、わがままを言って同室にして貰い申し訳ございませんでした。」
「いいえ。それに関しては、こちらの配慮が足りませんでした。突然召喚され、不安になるあなた方の気持ちに寄り添えなかった事を恥いるばかりです。タツキ様も、ゆっくりお休みになられましたか?」
ニステルローイさんが、柔らかい笑顔で迎えてくれる。見知らぬ人達に囲まれて、警戒心から顔が強張っている二人を和ませようとしてくれる気遣いが心憎い。イケメン王子様は心もイケメンなのかも。
「はい。おかげさまで…。それに私達も聖女召喚や今後の事について気になっていますので、お時間を作って頂けるのはありがたいです。」
「それは良かったです。しかしお二人共、そんなに緊張して畏まらなくても大丈夫ですよ?私達はこれ以上あなた方に何かを強要するつもりも、強制するつもりも一切ございません。」
ニステルローイさんは私達を安心させるよう、もう一度にっこりと微笑むと周囲の人達を見渡す。
「そうですね…。お話しに入る前に自己紹介から始めましょうか。ここには私の身内。それから身内同然に信頼の置けるものばかりを集めています。あなた方に害意のある者はいないと保証できますので、ご安心ください。」
テーブルを挟んで向こう側には、ニステルローイさんとアンドリューさん。そして、他の男性が三人と女性が五人の計十人だ。あとは侍女さんがロレーナさんを入れて計四人壁際に控えている。その誰もが、イケメンと美女ばかり…。渼音も含めこの部屋の顔面偏差値が高過ぎる。美形密度の高さに窒息してしまいそうだ…。
「それでは、まずは私から。改めまして、ティエリー・ニステルローイと申します。この国…ニステルローイ王国の国王です。後程改めて謝罪はさせて頂きますが、この度は大変な事態に巻き込んでしまい誠に申し訳ございませんでした。」
「「こくおう…さま?……」」
想定外の事実に私と渼音の声が被る。いや、偉い方なんだろうなとは予想していたけど、精々が王子様くらいかなとしか思ってなかったよ…。渼音も同じだったらしく隣で目を丸くしていた。
「はい。どうやら驚かせてしまったようですね。」
悪戯が成功したとばかりに冗談めかし、少し意地悪そうに口の端を上げるニステルローイさん。先程までの王子様スマイルとはまた違う、小悪魔的な一面を見た気がする。って言うか、さっきまでのは王子様スマイルならぬ王様スマイルだったのか?
「…はい。失礼かもしれませんが、お若く見えますので……。」
「今年で十九歳になりました。この国では十五歳で成人ですが、確かに一国の王としては若輩に当たりますので別に失礼ではありませんよ?」
渼音の返答になぜか満足そうに頷く王様。意外と掴みどころのない人なのかもしれないな…
こうして、私達の運命を決める打ち合わせは波乱?の幕開けを迎えたのであった。