Episode18-3
そうして私達は、予定していた野営地点に順調に到着する事が出来た。私の仕事はここからが本番である。そう。私というお荷物を抱えるだけでなく、突然トンコという爆弾まで抱えてしまった皆さんのために、夕食ぐらいはご馳走させてもらうんだ。
「ステファニア様、問題なければ夕食は私がお出ししてもいいですか?」
「おや? 申し出は有り難いが、タツキは初めての行軍で疲れているだろう。無理をせずゆっくり休んでくれていいのだぞ。」
「いえ皆さんのお陰で私は何もしていませんし…。それに予め調理して魔法鞄に入れてあるんです。少しくらいは私もお役に立ちたいです。」
「ボクはタツキのゴハンがたべたいよ、です。」
「そうですか…。二人がそう言うなら。それでは、タツキ。悪いけどお願いするよ。」
「はいっ!!」
「「「「「うおおおぉぉぉ!!!!」」」」」
ステファニア様の了承が出た途端に、王国軍の皆さんの歓声が森の静寂に響き渡る。その喜びようと勢いに驚きつつも、私は早速準備に取り掛かる。今日のメインメニューはカツサンドだ。外ご飯と言っても、魔法鞄を持っている私に材料や調理器具の制限はない。それに今回は予め調理をする時間もあった。そこで何が喜んで貰えるご飯なのか考えたのだ。
兵士の皆さんは戦闘でお腹が減るだろうから、やはりガッツリ系がいいだろう。そうなるとお肉一択だ。そして、私の料理を食べるなら異世界の珍しい物が食べたいに違いない。そこで不本意ながら、王宮では一部の人しか食べられない、幻の食べ物と呼ばれている揚げ物にする事に。その結果、自然と候補に残ったのがトンカツだった。
とは言え、野外でカトラリーを使う食事は取りにくい。ロレーナさんに確認したところ、貴族と言えど野営の際に手掴みで食事をとる事に、あまり抵抗は感じないだろうと言うアドバイスも貰いカツサンドがメニューに選ばれたと言う訳だ。もちろん、栄養バランスを考えて野菜たっぷりのスープも作ってある。こちらはエルダやロレーナさんにも好評なコンソメスープがベースだ。
「今日はカツサンドと言う料理を用意しました。トンカツと言う豚肉にパン粉…パンの屑を付けて揚げた物をパンで挟んでいます。ウスターソースやケチャップを混ぜて作った液にトンカツを浸して味付けをしています。野菜スープもご一緒に召し上がってください。どちらも出来立てで熱いので気をつけて下さいね。」
私の説明にどよめきが起こる。
「揚げ物だとっ!? 今話題の幻の料理ではないか!!」
「オレ、今回の遠征に参加出来て本当に良かったぜ!」
私が毒味のために一口齧ろうとするより先に、兵士の皆さんはカツサンドに齧りついてしまった。驚いている私にステファニア様が説明してくれる。
「タツキはもう我々の仲間だからな。ここにいるのは、将校以上の者ばかりだから本格的な軍事行動では毒殺の警戒もしなければならないが、今回は必要ないと判断したのだろう。」
「皆さんと一緒に訓練を重ねて信頼関係を築いている渼音はともかく、いきなり遠征に押しかけて、ただ後ろで守られていただけの私なのに…。何故そんなに信頼して貰えたのでしょか……。」
「だからこそさ。幾ら心配だからと言って、普通の女の子が友のために軍事行動に押しかけてくるなど、まずあり得ないよ。それが例え訓練だとしてもね。ここにいる者達は戦場の怖さを誰よりも知っている。理解しているんだ。それ故に、ミオンの危険な立場も理解できる。だから、タツキを信頼出来るのさ。自分達の友であるミオンを心配してくれる、タツキのことをね。さて、私も早速頂くとしようかな。」
そう言ってステファニア様までが、毒味を待たずに食事を始める。
「なんだこれは!? このように美味い物は食べた事がない!!」
「これは…神の世界の食べ物だ……。」
「皆んな、野菜スープも飲んでみろ! 俺達が今まで飲んでいたスープはスープじゃなかったんだ!!」
夜の森に、皆んなの笑顔が咲いている。
「おかわりもありますから、沢山食べてくださいねー!!」
「おー! タツキちゃん、オレはカツサンドをおかわり!!」
「オレも! カツサンドと野菜スープを大盛りで!!」
「お前ずりーぞっ!! タツキちゃん、オレも! オレも大盛りで!!」
「はいはい! いっぱいあるから喧嘩しないでくださいねー!!」
私の出した声は、涙声になってはいなかっただろうか。今だけは、僅かな灯り以外は何も見えない漆黒の夜が有り難い。この世界に来て、渼音の力になりたくて。でも、私に出来ることなど殆どなくて…。今回だって、邪魔者扱いされ批判される事を覚悟して、無理矢理に訓練に押しかけた。それなのに、この人達はそんな私を認めて、仲間として迎え入れてくれたんだ……。それが堪らなく嬉しかった。
そっと渼音が私の手を握ってくれる。焚き火に照らされた横顔には、私と同じ涙が浮かんでいる。
「龍貴ちゃん、一緒に遠征に来てくれてありがとう。」
その一言には、全ての想いが詰まっていた。だから、今の私達にそれ以上の言葉は必要なかった。
そうして、私達が初めて経験した遠征の夜は更けて行く。




