Episode18-2
「今回は、ミオンの初陣だからな。それにタツキもいる。万が一にも何かあってはいけない。だから正直、この森の中を歩くには量も質も過剰すぎる戦力での行軍だ。魔物とは言え、彼我の力量差はある程度理解出来るから滅多な事では襲って来ないはずだよ。」
「それなら安心だね、タツキちゃん。あれ? だけど、何も出て来なかったら訓練にならないのかな??」
今回は私とトンコ・渼音を含め、総勢十五人で行軍している。軍隊の移動と言えば、何百人とか何千人で移動するイメージを持っていた私はその人数の少なさにかなりの不安を抱いていた。しかしこれはあくまでも、軍事行動ではなく渼音の訓練だから少数精鋭での行動になったらしい。それに、通常の冒険者は大体五人から六人でパーティを組み行動しているようだ。それを踏まえて考えると、二つの熟練冒険者パーティと行動している事になる。そのうえ斥候部隊まで先行して行動しており、更に聖獣と聖女までいるのだから確かに質も量も過剰なくらいに準備されているのだろう。
「どうやらその心配はしなくても良さそうだ。…ほらっ! きたぞ!!」
ステファニア様の言葉にビクリとして、その視線の先を辿る。そこには、コボルトと言われる犬の魔物が群れをなしていた。ざっと見たところ、こちらの倍は数がいるように見える。その剥き出しになった牙。唸り声をあげてこちらを威嚇する様子に、思わず体が震え出しそうになり、きつく拳を握りしめる。
「陣形を組め! 前衛は三人。中衛に六人だ。私は中衛に入る。残りはミオンとタツキと一緒に後衛へ下がれ。二人には指一本触れさせるな!!」
ステファニア様の指示が響き渡る。私はどこか夢の中にいるような現実感のなさで、言われるがままに後ろに下がることしか出来ない。せめてもの抵抗として、渼音を後ろに庇える位置に移動する。…その時だった。
ゴウっと大気が焼きつくような熱風を感じた。何事かと思い視線をあげる。そうして見たものは、コボルトの群が強大な炎の塊に包まれ燃やし尽くされている様だった。
「…えっ。なに、これ……。」
私以外の誰も言葉を発しない。誰もがその光景を信じられないといった表情で見つめ、立ち尽くしている。
「タツキ、こわかったね、です。でも、これでこわくないでしょ、です。」
私の肩の上で手をペロペロと舐めて毛繕いしているトンコが、のんびりとした口調で欠伸混じりにそう問いかけてくる。
「…もしかして、トンコがこれを?」
「そうだよ、です。タツキをまもるやくそくですから、です。」
さも当然と言った表情でそう返事をするトンコ。
「トンコって、本当に強かったんだね……。」
「まえからそういっているの、です。」
「でもっ、初めて会った時は魔物じゃない普通の蛇と喧嘩してたじゃない。だから私てっきり…。」
そう。初めてトンコを見かけた時には、全身の毛を逆立たせ小さな体で大きな蛇を必死に威嚇していたはずだ。
「あのヘビはおいしいでしょ、です。まほうでもやすとたべられないよ、です。あのマモノはまずいんだよ、です。だからもやしてもいいの、です。」
「そう…なん…だ……。」
「トンちゃんって凄いんだね……。」
若干意味不明な気もするが、トンコにはトンコなりの基準があるらしい。
「流石ですね、トンコ様。まさか詠唱もなしに、あれほどの魔法を放つとは…。おみそれ致しました。…しかし…その…大変申し上げにくいのですが、渼音や我々の訓練になりませんので、もう少し魔法は控えていただけると……。」
ステファニア様が、とても言いづらいそうにトンコに手加減を要求する。
「ふん、なのです。わかったよ、なのです。そのかわり、もしタツキがケガをしたらオマエたちはぜんいん、もやしちゃうぞ、です。」
ステファニア様の諫言に対してつまらなそうに返事をすると、小さいながらも鋭い牙を見せて脅しにかかるトンコ。その言葉に、ステファニア様を初めとする国王軍の方々が真っ青になったり、顔色を無くしたりしている。
「こらっ、トンコ! どうしてそんな意地悪を言うのっ!! 私達は無理矢理お願いをして連れてきて貰ってるんだよ。……私の事を思ってくれる優しいトンコは大好きだけど、お願いだから皆んなにも優しくしてあげて。私達は皆んな仲間なんだから。ねっ?」
「そうだよ、トンちゃん。私からもお願い。皆んな私とタツキちゃんの大切な仲間なんだよ?」
「…わかったの、です。ごめんなさい、です?」
最後がなぜ疑問系なのかは気になる所だが、一応は分かってくれたらしい。それでも、トンコが私の事を大切に思ってくれている事が伝わり胸がじんと熱くなる。
「ステファニア様、大変申し訳ございませんでした。それに皆さんも、申し訳ありません。」
「なに、タツキが気にする事ではないさ。従魔とは主人に忠誠を誓うものなのだから、当然のお言葉だ。トンコ様、今回の遠征中は我々が責任を持ってタツキの身を守る事を改めてお誓い致します。」
その後のステファニア様や王国軍の人達の戦闘には凄まじいものがあった。それまでの訓練と言う意識はカケラもなくなり、生か死かと言った感じの集中力を発揮していた。その集中力が、魔物ではなく私の肩で寝息を立てている子猫ちゃんに向けられていたのは、きっと気のせいではないのだろうが…。
そして渼音も大活躍だった。補助魔法や回復魔法で皆んなをサポートし、時には基本の四属性を使い攻撃も仕掛ける。これまでの訓練の成果を実戦でも十二分に発揮できているようだった。私はと言えば、邪魔にならないように後方で回復薬を握りしめている事くらいしか出来なかったのだが…。もっとも余計な事をして怪我をしてしまい、皆さんがトンコの逆鱗に触れたら大変だ。その点では、及第点と言えるのかもしれないね。




