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Episode18-1

 「えっ。…魔物討伐遠征!?」

 「うん。遠征と言っても、一泊二日なんだけどね。今回は初めての魔物討伐への参加だし、私が魔物に慣れるための訓練がメインだから遠い所へは行かないよ。王都の東にある近くの森に行くんだ。」

 「でもっ、実際に人を襲う魔物と戦うんだよね。そりゃあ、実際に戦うのは騎士団や魔導士団の人達なのかもしれないけど。渼音に危険が全くない訳じゃないでしょ!?」


 私に言葉に、困ったような顔をする渼音。いや、わかっている。私だって、わかってはいるのだ。渼音は聖女となるためにこの世界に召喚され、実際にこれまで魔法の訓練して、それだけではなく戦場で騎士や魔導士達との連携を取るための訓練などにも励んできた。


 それは、万が一の事態に備えている訳ではなく、実際に魔物と対峙して常闇の巣と呼ばれる発生源を聖魔法で消滅させるためだ。今この瞬間も増え続けている魔物達から、ニステルローイ王国を救うためには誰かがやらなければならない。頭では理解しているし、いつかは渼音が魔物と戦うんだと覚悟はしていた。だけど、実際にその時が来たと知ると想像していた以上に混乱し、取り乱してしまう自分がいる。


 …渼音なのに。実際に危険な目に遭うかもしれないのは渼音なんだから、本当はとても怖くて心細いはずなんだ。それなのに、私は自分のことが本当に情けないと思う。


 「タツキ、少し落ち着いてください。」


 黙って成り行きを見守っていたロレーナさんが、私の肩にそっと手を置いて優しく撫でながら諭してくれる。


 「今回ミオンさん達が向かう東の森は、冒険者になりたての初心者が経験を積むために利用される場所です。そのため魔物は出ますが、危険度の高い魔物はほぼいません。そんな森に騎士団と魔導士団も一緒に討伐に向かうのです。これは、安全に実戦経験を学ぶためのものであり、ミオンさんの身の安全を最大限に考慮してのものなのです。」

 「タツキちゃん、ロレーナさんの言う通りだよ。それにこれは私が自分で決めたことでもあるの。今こうしている間にも、魔物は増え続けいるかもしれない。もしかしたら、新たな常闇の巣が生まれているかもしれない。そのせいで、泣いている人が…命を失っている人だっているのかも……。私にはそんなの我慢出来ないよ。自分にその人達を救う力があるのなら、少しでも早くなんとかしたい。だから、私からティエリー様に相談してお願いをしたことなんだよ。」

 「……ミオン。」


 ミオンが私の両手を取り、強く握りしめてくる。その手は、震えてはいなかった。


 「だから、ね。タツキちゃん。私は大丈夫だよ。心配しないで。」


 渼音の凄さや強さを、私はわかっているつもりだった。日本にいた時から、彼女はずっとそうだったから。


 …だけど、渼音は私の想像よりずっと、ずっと強かったんだな。


 それが少しだけ寂しくて、だけどそれ以上に誇らしかった。


 「…わかったよ。取り乱しちゃってごめん。本当は渼音だって不安なはずなのに。だけど、心配はするよ。例え渼音が世界中で一番強くたって、私はきっと心配する。だって渼音のことが大切だから。」


 私は渼音をきつく抱きしめる。そして、一つの決意をするのだった。


 鬱蒼と繁った森の中を息を切らせて歩いていく。足元には所々に木の根や長く伸びた草があり、とても歩きにくい。今日は晴天だが、人によって手入れがされていない天然の森の中には太陽の光はあまり届かないようだ。私の周りには、渼音の護衛である腕利きの騎士や魔導士達がいる。


 …強そうな人達に囲まれているのは安心だね。


 だけど、この人達はあくまでも渼音の護衛である。もちろん彼らに余裕があれば、仮に魔物に襲われても私の事を見捨てたりはしないだろう。しかし命が掛かったギリギリの局面で、この人達が優先するのは私ではなく渼音の命だ。それが当然だと思うし、なんの不満もない。むしろ、私の我儘で余計なお荷物を抱えさせている訳で、とても申し訳なく思っている。


 「タツキちゃん、大丈夫? …タツキちゃんがいてくれて私は心強いけど、やっぱり今からでも引き返した方が…」

 「大丈夫。渼音も知ってるでしょ。これでも体力には自信があるんだから。」


 もう何度目のやりとりになるだろう。心配そうな渼音が、私の顔を覗き込んでくる。…体力に自信があるとは言え、いつ魔物に襲われるかも分からない森の中を歩くというのは本当に疲れる。まず精神力が削られていくのだ。それに伴って普段であれば何でもないはずの運動量でも、すぐに体力が減っていく。


 …それもそうか。例えるなら、人喰い熊が何匹もいる森の中を歩いているようなものなんだからね。


 だけど、後悔はしていない。月の宮で渼音の心配をして帰りをじっと待っているくらいならば、怖い思いをしても一緒にいる方が余程マシなのだ。直談判に行った時の、困り切ったティエリー様達の顔を思い浮かべると申し訳ない気持ちで一杯にはなるけどね…。


 「ふわぁ。きょうはいいおてんきなの、です。ボクはねむくなっちゃう、です。」


 私の張りつめた気持ちを他所に、肩の上で大欠伸をしているトンコ。曲がりなりにも聖獣のトンコにとっては、初心者冒険者が経験を積むのに使用する東の森など取るに足らないものらしい。


 「しんぱいしなくてもだいじょうぶ、です。タツキはボクがまもるから、です。」

 「ふふっ。ありがとう、トンコ。とっても心強いよ。だけど、ミオンのこともしっかり守ってくれるかな?」

 「タツキのおねがいならまもる、です。」


 私が同行を許された最大の理由はトンコだ。そんなトンコの力強い励ましに、少しだけ緊張感が和らぎ心が軽くなる。


 「ああ、トンコ様の言う通りだ。それに私達もいる。事前に今回の訓練コースに斥候を放ってもいるが異常は見つかっていない。そんなに心配そうな顔をしてくれるな。」


 私達の斜め前を歩いているステファニア様が振り返り、頼もしい笑顔を投げかけてくる。普段とは違い、軽装ながらも甲冑を纏ったその姿は正に姫騎士様と呼ぶに相応しい。


 「ステファニア様もありがとうございます。…それにしても、森に入ってから随分と経ったように感じますが一向に魔物が出てきませんね。」


 もちろん何も出ないに越した事はないのだが、それはそれで今か今かとビクビク怯えながらお化け屋敷を歩いているような気分なのだ。

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