Eepisode17-4
「私は、主役の甘いクリームにはなれない。だけど、私には別にそれは悲しいことじゃないって気づいたんです。私は渼音を支えたいから。それが出来るなら、別に主役じゃなくてもいいんです。それならクリームである必要はないって。」
「……私は、いつの間にか手段が目的になってしまっていた?」
彼女は小さな小さな呟きで、自分自身に問いかける。
「もしかしたら、私は生地になれるのかもしれない。努力して、もしそれが叶わなくても粉砂糖や小麦粉、或いは卵や牛乳なら? 渼音を支えるための方法はいくらでもあるはずだから。」
「……私の目的は、王族として民を護る事です。私が主役である必要はどこにもありません。お兄様やお姉様のように戦場で英雄のような活躍が出来なくとも、コルネーリアのようにポーションを作り賢者のような活躍が出来なくとも。民の力になれるのなら、そこに何の問題もなかったのですね…。私はどうして、こんなにも簡単なことを忘れてしまっていたのでしょうか……。」
「きっと誰だって、大きな才能を目の前にするとその力を欲しちゃうのかもしれないですね。だって、それは目的を達成するための近道になるかもしれないから。」
「そうかもしれないですね…。私は今日タツキさんとお会いできて本当に良かった。」
アーデルヘイト様が私の手をそっととる。さっきまでの曇りがちだった表情が今では、嘘のように晴れ渡っている。
「タツキさんは…私の恩人です。」
「そんな…大袈裟ですよ。私は何も出来てません。」
本当に何も出来てはいないのだ。私の言葉はただただ転がり続けるばかりで。上手く伝えられるどころか、きっと思いの半分も伝わらなかっただろう。恩人と呼ばれるほどのことを出来たとは、とても思えない。
「いいえ、決して大袈裟ではありません。私は、この国の民のために。そして、タツキさんのために全力を尽くすことを誓います。それが例え、主役としてではなくとも。」
「わっ、わたしのためにはいいですからっ。恐れ多いですからっ!」
彼女の真剣な眼差しに、自然と頬が赤くなっていくのを自覚する。それが妙に気恥ずかしくて、私は咄嗟に話題を変えることを選んだ。
「そっ、そう言えば、アーデルヘイト様はどうしてこの庭園に?」
「お恥ずかしながら、私には魔法の才能がないのです。他の兄妹とは違い、適正も土魔法一つです。先程も言ったように、これではお兄様やお姉様のように戦場で活躍も出来なければ、当然コルネーリアのようにポーション作りの役にも立たないと悩んでいました。」
そう言って、微笑むアーデルヘイト様。そこにはもう、自嘲の笑みはない。あるのは、ただ美しい決意の微笑みだけ。
「それで、せめてもの魔法の訓練として、この庭園を作り整備しているのです。魔法で土を柔らかく耕し慣らして種を植える。魔力の込め方で、植物の成長速度を変えられるのか。薬草ならば、効能を変化させる事は? ここは、そんなことをする私の箱庭なんです。もっとも、お花を愛でるのは大好きなので趣味と実用を兼ねているのですが。」
「そうだったんですか…。庭園なのにお花の他にも、実用的な薬草やスパイス。それに端の方には野菜まで植えてあったので不思議には思っていたのですが、どうりで…。」
「タツキさんとトンコ様がこちらにいらした時には、心底驚いたんですよ? 実はここには常に、人除けの魔法がかけられているんです。これでも一応は王族ですから。いくら王宮の中とは言え、一人でいるのは危険ですしね。ふふっ。それなのにタツキさんったら、何度も来てると言うし。」
人除けの魔法…。なぜ私達はここに入れるんだろう? トンコの力かな。それとも私のせいだろうか。まあ、深く考えるのは止めておこう。
「ははは…。それよりも、魔法でこんなに土を綺麗に慣らせるのなら、道路の整備に使えるといいですよね。土を単純に固めるだけでもいいけど、もし強度を上げて石畳や煉瓦状に出来れば…。軍なら行軍速度を上げられるし兵站も運びやすくなるかも。街で使えば、歩行や馬車での通行も容易になるし、上下水道の整備も捗りそうかも。それに、魔力を込めた土で育てた薬草でもしも効能が変わったり効果を上げられるなら、それでポーションを作ればより効果が大きくなるかもしれませんね。色々と面白いことが出来そうですね。」
「…凄い。私はただ魔法の訓練をしていただけで、そんな発想には至りませんでした! 私の拙い魔法でも研究して上位の魔導士に研究成果を伝えれば、もっとこの国の民の力になれるのかもしれない。…凄い発想です、タツキさん!!」
興奮したアーデルヘイト様にぎゅーと抱きつかれ、わたわたと混乱する私。
「ぜひ、今後もこの庭園に遊びに来て下さいねっ!」
「もっ、もちろんです。だけど、アーデルヘイト様! 色々、色々当たってますからっ。とりあえず、離して!」
「ふふっ、お姉様やコルネーリアがタツキさんに夢中になる理由がようやく分かりました。私も絶対に負けませんよ。」
耳元で何やら囁き、ぱっと離れていくアーデルヘイト様。焦っていたからよく聞こえなかったけど…。彼女に晴れやかな笑顔が戻ったのだから、特に問題はないのだろう。
こうして、新たな親しい友人ができ私も大満足なお散歩になったのであった。