Episode4
泣き崩れた渼音が、縋りつくように私をきつく抱きしめながら何度も何度も、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね。…ごめんなさい、ごめんなさい。わっ私のせいで龍貴ちゃんがあぁぁ……。たっ龍貴ちゃんまでえぇ…。」
「落ち着いて。さっきも言ったでしょ?渼音は何も悪くないって。渼音のせいなんかじゃないって。」
渼音を抱きしめ弟妹をあやすように、優しく頭を撫で、時折長い艶やかな黒髪をすくように手を動かす。渼音がこんなに泣くのはいつ以来だろうか。そういえば昔は、こんな風に泣いている渼音をよくこうしてあやしていたっけ。保育園や小学校低学年くらいまでは、渼音はとても泣き虫さんだったなぁ。
大きくなるに連れて、その溢れる才能を徐々に開花させて行った魅音は、出来ることもあっという間に増え、いつしか泣くこともなくなっていったんだ。最後に渼音が大泣きしたのは確か…そう。あれは、私のお母さんが天国へ行った時だった……。小学五年生だった私には、その事実の大きさは受け止めきれなくて、なぜか泣くことさえも出来なくって。
不登校気味になってしまった私を訪ねて来た渼音が、こんな風に私の代わりに泣いてくれたんだ。抱きしめ合って渼音を宥めているうちに、私もなんだか泣けてきて…。その時ようやく私は思うがままに泣けたんだった。
…あの時ね、私は確かに渼音に救われたんだよ?
家族は勿論、同じ悲しみを共有できて励まし合える仲だったけど、家族以外の一番距離の近い親友が傍で一緒に泣いてくれたことで、あの時の私の心は救われたのだ。そして、いつか渼音に恩返ししようと、そう決めていたんだ。
「渼音?だからもう、泣かないで。」
「でもっ、でも…龍貴ちゃんまで召喚される必要なんかなかったのに!わっ私が、あの時一緒になんか帰らなければっ。龍貴ちゃんの手を握ったりなんかしてなければあぁぁ……」
そう。予想通りと言うか、お約束通りと言うか、鑑定の結果私は聖女じゃなかったのだ。私がスキルボードと呼ばれる板に手を翳すと、渼音の時と同じように光が溢れ、球体に引き込まれて行った。しかしそれは、渼音の時のように様々な色へ変化することはなく…ましてや金色に輝くこともなかったのだった。銀色一色のみに光った球体を見て、やっぱりと思った。
自分でも不思議なくらい冷静に事実を受け止められたのは、ある程度この結果を覚悟出来ていたからだろう。そもそも貴重な伝説の聖女様が二人同時に召喚される確率なんか極々僅かだろうし、幼馴染が二人とも聖女だなんてありえないでしょ。だから私は、自分の属性やスキルなんかよりもニステルローイさんや周囲に控える魔導士達の反応を注視していた。
…ダメなパターンの異世界召喚だと、聖女じゃないと分かった途端に放り出されることだってあるからね。
このスキル鑑定での私のタスクは聖女であることの証明ではなく、最低限渼音と引き離されないようにすることだと始まる前から考えていたのだ。ニステルローイさん達は結果を見て顔を歪ませ俯いている。しかしその表情は、“役立たず”などという負の感情ではなく、自責とか悔恨とかそんな感情を浮かばせているように見えた。
…ひとまず安心出来そうなのかな?少なくとも今すぐ城から追い出されることはなさそうだ。
スキル鑑定でのある意味神秘的な光景を思い出しながらも、渼音の頭を撫でる手は休めない。もう片方の手で背中を優しくさすると再び渼音が口を開く。
「私、龍貴ちゃんの日本での日常を奪っちゃったっ…。麒子ちゃんや龍星くん、美麒ちゃん達からも、お母さん代わりの大好きなお姉ちゃんを奪っちゃったよおぉぅ……」
本当にこの子は優しい子なのだ。この後に及んで、私の心配だけでなく、麒子達の心配までしてくれるんだから。私は渼音の頬に手を添え、とめどなく流れる涙を指先でそっと拭き取る。
「家族のことなら大丈夫。麒子はまだまだ甘えん坊だけど、美麒は私なんかよりしっかり者だし、龍星だって二人を支えてくれるよ。それに、お父さんとおじいちゃんやおばあちゃんもいるんだしね。それよりも、渼音だって同じでしょ。なんで私の心配ばかりしてるのさ?」
「…えっ?」
渼音が目を丸くして、私を見つめてくる。どうやら本当に自分のことは棚に上げているらしい。
「召喚されたのは渼音も同じ。家族と離れ離れになっちゃったのだって同じじゃない。それなのに、渼音は聖女なんて望んでいない重責まで与えられちゃってさ…。だから、私はここに一緒に来られて良かったよ。ある日突然、渼音がいなくなっちゃって何も出来ないなんて絶対に嫌だもの。そりゃあ、あのまま日本でずっと二人でいられる方が良かったけどさ。それが出来ないなら、ここで、こうして渼音の傍にいられる方が嬉しいよ?」
「…龍貴ちゃん〜。ありがとう、ありがどゔゔうぉぉ。」
「こちらこそだよ……。」
一旦の決着が付いたと思ったのか、私達のやり取りを静かに見守っていたニステルローイさん達が、一斉に跪く。さっきも見たような光景なんだけど、微妙に心臓に悪いんだよな…これ。だって、普通に生活してたら跪かれる経験なんてある訳ないんだもの。しかも今回は、ニステルローイさんまで一緒にしてるしさ。
と言う訳で、私達は今王城の大きくて豪華な客室いる。本当は別々の部屋を用意してくれてたのだけれど、お世話係として案内してくれた侍女さんに、一緒の部屋がいいと少しわがままを言った結果こうなったのだ。だって色々ありすぎてお互い一人じゃ不安だったから。最初は貴賓室にはベットが一つしかないからと、少し困った顔をされたけど、全然問題ないじゃない?なんせこの部屋のベットは、私達が五人くらい寝てもまだ余裕があるくらい大きなサイズなんだもん。
…二人で一緒に寝るから構わないと言った時に、渼音が変な声を出しながら顔を真っ赤にしていたのは、なんだったんだろう?昔はよく一緒に寝てたのにね。
部屋の中を改めて見渡すと、テレビで見たヨーロッパの古城をそのまま使ったホテルのようだ。きっとお姫様の部屋は、こんな感じなんだろうな。そこに私達がいるのがとても不思議に思えた。大きなガラス張りの窓の外を見上げると、そこにはまん丸のお月さまがある。その周りには衛星にように小さなお月さまが四つ。その内の、一つだけ三日月みたいに欠けた月は、フィフスムーンと言うらしい。どこか現実離れした風景に違う世界に来たことを実感する。
…こんな所まで異世界召喚の定番なんだな。
私は苦笑いを噛み殺す。隣で可愛いらしい寝息を立てている渼音の髪をさらりと撫でて「おやすみ」と告げ、目を閉じる。今日の夕飯は、あまり美味しくなかったなぁ。賓客である聖女様に出す食事があれなら、この世界の食事はああいうものなんだろう。
聖女になってしまった親友のために、聖女じゃなかった私が出来る事を一つ見つけられた気がして、眠りに落ちて行くのだった。