Episode17-1
「今日もいいお天気だねー。」
「ぽかぽかしてて気持ちがいいの、です。」
私は今、トンコとお散歩を楽しんでいる。特に目的もなくふらふらとしていると、少し小腹が空いてきた。そう思い、短い尻尾をふりふりしながら私の前を歩いているトンコに声をかける。
「ねえ、トンコ。少しお腹が空いてきたし、どこかでおやつにしようか?」
「さんせい、です! ボクはあそこでたべたいな、です!!」
「いいね。じゃあ、あそこに行こうか。」
あそこと言うのは、最近トンコと私のお気に入りの場所になっている小さな庭園のことである。王宮の裏手。奥の方に隠れ家のようにひっそりと存在している小さな小さな庭園だ。名前があるのかすら定かではない。渼音の月の宮のように、見るものを圧倒するような華やかな庭園ではないが、よく手入れがされており放置されている感じはしない。そのこじんまりとして、どこか温かみを感じる庭園は私とトンコの秘密基地のような位置付けになっており、今ではお散歩コースの定番となっていた。
「つぎはいつエルダのおうちにいくの、ですか?」
「そうだねぇ、いつ行けるかなぁ。エルダのお休み次第だけどまた行きたいねー。」
この間お邪魔したエルダのお家がよほど気に入ったらしい。何かにつけて、次はいつ行くのかと聞いてくるトンコが妙に可愛らしくて、私はこっそりと笑みを溢す。そんなたわいもない話しをしているうちに、目的の庭園が見えてくる。小さな東屋を中心に円形に形どられたその庭園は、まるでこのお城の人達から忘れ去られてしまったかのような静寂を携えている。いつものように、東屋で休憩をしようと近づいた時に人影があることに気がついた。あれは…。
「…アーデルヘイト様ですか?」
その特徴的なプラチナブロンドの髪色と、お姫様然とした佇まいには見覚えがあった。しかし、彼女が侍女も付けず一人でこんなところにいるとは思わなかった私は、思わずそう声をかけていた。
「……タツキさん、ですか?」
「はい。お久しぶりですね。えっと、こっちはトンコです。確かトンコとは、初めてお会いしますよね。」
「ええ、そうですね。トンコ様、ご挨拶が遅れ大変申し訳ございませんでした。この国第二王女、アーデルヘイト・ニステルローイと申します。お会いできて光栄でございます。以後お見知りおきくださいませ。」
「であるか、です。」
優雅な仕草で、スカートの裾を摘み上げてカーテシーをするアーデルヘイト様。初めて会った時も、おっとりとして三姉妹の中で一番お姫様らしいお姫様だと思ったが、こうして改めて会ってもその印象は変わらない。ただし、初対面の時にも感じた全体的にどこか儚げな印象が、今はさらに色濃くなっているように感じる。
…なんだか元気がないような感じが……。どことなく顔色も悪いような気がするなぁ。
「…お二人は、どうしてこのような所へ参られたのですか?」
「最近、お散歩のついでによくここで休憩させて貰ってるんです。なんだか不思議と落ち着くんですよね、ここは。トンコと私のお気に入りの場所なんです。」
「そうでしたか…。」
そう呟いた後、どこか遠くを見るような目で庭を見つめて黙りこくってしまうアーデルヘイト様。
「…もしかして、ここは王族の方しか入っちゃいけない場所だったりしますか? すみませんっ! 私とトンコったら何も知らずに。」
「いいえ、そんなことはありません。ただ…、先程タツキさんは落ち着くと言ってくれましたけど、ここは…ここには何もないでしょう? タツキさんやミオンさんがお住まいの月の宮のような大きくて華美な庭園でもなければ、人々の目を惹くような珍しい花も植えていない。小さくて、存在すら忘れてられているような地味で目立たない庭園です。…まるで、私のよう……。」
「…アーデルヘイト様……。」
「いやだ、私ったら…。すみません。いきなり変なことを長々と……。」
何か悩みでもあるのだろうか。思う詰めたような、どこか切迫した表情のアーデルヘイト様から目が離せなくなっていく。




