Episode3
目の前には、地球儀に似た大きな球体がなぜか宙に浮いている。白く光を放つ球体の前には、タブレットサイズの半透明な白い板がこちらも同じく浮かんでいた。私達が召喚された(今でも信じられないことだけど…)部屋を出て、案内されるがままにしばらく歩きこの部屋の中へ通された。ここは、属性やスキルなどを調べることができる魔道具がある部屋らしい。恐らくこれがその魔道具なんだろう。
…それにしても、属性にスキルか。
どうやら、本当にラノベの中のようなことが現実で起こっているらしい。バトル系のラノベは余り好まないが、悪役令嬢ものやスローライフものを好んで読んでいた私にとっては、何だかお約束の展開すぎて頭痛がしてくる。きっとこの後の展開は…
「それでは、順番にこちらの白いスキルボードに手のひらをお当てください。痛みはありませんが、極少量の魔力を吸われますので若干違和感を感じるかもしれません。」
先程ティエリー・ニステルローイと名乗った男が説明を続ける。年齢は私達よりも少し上ぐらいに見える。物腰は柔らかいが、この国はニステルローイ王国というぐらいだし、王族やその親戚など偉い人に違いない。きっと年齢的に王子様辺りかな。顔が王子様のそれだものね。
「魔法の属性は、火・水・風・土の4つの基本属性。その他に特殊属性と呼ばれるものがあり、こちらは数多くの種類があります。しかし、特殊と呼ばれるだけあって適正者は殆どいません。例えば、雷や氷・転移魔法の類いでしょうか。伝説の聖女様が適正を持つと言われている、聖属性魔法などもそれにあたります。もっとも聖属性魔法に関しては、古い古い伝承によると、ですが。」
何気なく話しているように見えるけど、期待や希望。そして同時に、焦りや不安と言った感情が見え隠れしている。どうやらこの国は、或いはこの世界は、かなり逼迫した状況に陥っているらしい。
…伝説の聖女様に縋らなければいけない状態ならそれも当然か。
「スキルに関しては、戦闘系や生産系など多種多様なスキルが存在します。こちらは属性の適正とは異なり、元々持っているものの他にも、その人の生活環境などにより後天的に身につく事例も数多くあります。」
戦いを生業としている騎士や冒険者達は、身体強化などの戦闘系スキルが身につきやすい。物作りを生業としいる職人達は、生産系スキルを覚えやすいとかかな。熟練度とかも関係あるのかもしれないね。
説明が途切れると、気持ちを立て直したように見える渼音が一歩前へと出る。
「私からやります。」
短く一言だけ告げられた言葉には、決意がこもっていた。きっと渼音は私を少しでも危険から遠ざけ、守ろうと決めたんだろう。召喚直後こそ不安そうだったものの、元々の持っているスペックが私とは違う。それは能力面だけでなく精神面でも同じだ。突発的な事態には弱気になりすぎる傾向があるが、そこを支えてあげれば直ぐに元の完璧超人に戻ってしまう。
…だからと言って、私が渼音を守ろうとしなくて良い理由にはならないよ。例え渼音の方が多くの面で優れていようが、私が渼音を守り支えることが出来る盤面だってあるはずなんだ。
渼音が手を翳した白い板から光が溢れる出る。その光が球体に吸い寄せられて、今度は赤・青・緑・黄の四色と、そして一際大きく輝く金色の計五色へと変化して行った。
「「「「「おおぅ」」」」」
誰からともなく声が響き渡る。結果は聞かなくとも一目瞭然だった。それは、喜びと希望の声。或いは伝説の聖女に対する感嘆と、そして畏怖の声なのかもしれない。
「スキルボードによると、ミオン様は基本の四属性。…それに加え、聖属性への適正をお持ちのようです。」
努めて冷静に振る舞っているニステルローイさんだが、彼もまた安堵の表情を浮かべている。私はと言えば、大きな驚きはなかった。聖女召喚と言う言葉を聞いた時点で、渼音が聖女なんだろうなと言う確信めいた予感があったからだ。
「こちらに表示されている、属性やスキル・ステータス・その他の基本情報などは本来個人の秘匿情報です。今回は聖女召喚という極めて特殊な事例のため、わたしもスキルボードを確認し立会人である魔導士達にも属性の情報を伝えてさせて頂きました。」
きっと渼音も同じ確信を持っていたのだろう。聖女と認定されたのにも関わらず一切の動揺を見せない。スキルボードを見つめるその横顔は静謐で、凛とした美しさに満ちている。
「とは言え、属性や代表的なスキルなどは公表している者が多いのですが。ただし、切り札にしたい属性やスキル。若しくはそれに成り得る可能性があるものに関しては、他人に漏らさない方が良いでしょう。私も、ここで見た属性以外の情報は決して外部に伝えない事を誓います。」
「…はい。お願いします。」
渼音はそれだけ言うと、静かな足取りで私の元へ戻ってくる。そして、私の手をそっと包み込むように握った。その手は微かに震えているけれど、多分聖女になってしまったことへの恐怖や重責だけが理由ではないんだろうな。だって渼音はとても、とても優しい子だから。
…きっと渼音も気づいちゃったんだね。
私は渼音を安心させるために、自分に出来る精一杯の笑顔を作る。
「大丈夫だよ。渼音のせいなんかじゃない。渼音は何も悪くないんだから、そんな顔しないで。」
「でもっ…」
渼音が何かを言いかけたその時、ニステルローイさんが私を呼んだ。
「それでは、次にタツキ様。こちらへお越しください。」
「はい。…それじゃあ、ちょっと行ってくるね。」
そっと手を握り返し、私は球体の前へ向かうのだった。