Episode13-2
「ありがとうございます。それではお願いしますね。こちらの野菜スティックにマヨネーズを付けて食べてみてください。」
魔法鞄から野菜スティックが入ったカップを取り出す。カップにはキュウリやニンジン・大根などを予め切って入れておいたのだ。アドリアーナ様はニンジンのスティックをか細い指で摘むと、マヨネーズを少しだけ付けて口に運ぶ。
「これは…!? まろやかで風味豊かなコクの中に、ふんわりと香るようなほのかな酸味があって野菜にとてもよく合います。瑞々しくあっさりとした野菜の美味しさを、更に引き立たせてくれるような…。」
「タツキ姉! わたくしも! わたくしにも味見させてください!!」
どうやらお口にあったようで良かった。私はあまり好きじゃないから、他に味見してくれる人がいるなら自分ではわざわざ口にしないが、問題なく作れているらしい。
「はい。コルネーリア様もどうぞ。」
「……。」
待ちきれないと言わんばかりのコルネーリア様にも、野菜スティックを差し出すがなぜかそっぽを向いて受け取らない。王族は手掴みで物など食べないのだろうか? クッキーは手掴みで食べていたと思うけど…。
「……? コルネーリア様??」
「あーん。」
「……はい?」
「だ・か・ら! あーん。ですわ!!」
予想外のリクエストに目を白黒させている私に、コルネーリア様の追い討ちがくる。頬を紅潮させて上目遣いでの、あーん攻撃。相変わらずの小悪魔っぷりだ。
「くすくす。コルネーリア様からこんなに慕われるなんて。タツキは果報者ですね。」
「アドリアーナ様…。からかわないでください。……全くもう。コルネーリア様、あーん。」
からかわれながらも、横目でコルネーリア様を見る。その勝気な瞳からは、譲る気配が全くない事が伝わってくる。早々に説得を諦めた私は、キュウリのスティックを一本摘むとマヨネーズを一掬いし、そっとコルネーリア様の口に運ぶ。
…なんだか最近この感じにも慣れてきたなぁ。
そんな事を考えていると、パクリと一口齧り付いたコルネーリア様が目を輝かせて喝采を送ってくる。
「美味しいですわ! アドリアーナの言う通り、これなら生野菜がいくらでも食べられそうよ!! …生野菜は好きではありませんでしたけれど、タツキの世界は美味しい物で溢れているのね! ただの調味料がこんなに美味しいだなんて、本当に不思議な世界だわ!!」
「ええ、本当にその通りです。生野菜と言えば塩を振るか、せいぜい酢をかけて食べるだけの物と思っておりましたが…。」
「私達の世界では、生野菜にはマヨネーズが定番ですね。他にもドレッシングと呼ばれる、酢に香辛料や果汁などを混ぜて作る調味料を使うのも人気があります。そちらの方が色々な味の種類があって、私は好きですね。」
特に青じそのドレッシングが好きだ。でも実は、生野菜は何もかけずにそのまま食べるのが一番美味しいと思っていたりする。
「ほう…。ドレッシングですか。そちらも興味深いですね。」
「では時間に余裕があれば、後で作ってみましょうか。」
「ええ! タツキ姉の世界の味をもっと沢山知りたいわ!」
「はい。けれど、次はケチャップを作りたいと思います。これはトマトに酢やスパイスを混ぜた調味料です。本来は、それらを煮詰めたりして作るんですがちょっと大変なので、錬成で作ってみようと。」
そう言って私は、ケチャップの材料を机に並べていく。主役のトマトに、玉ねぎ・ニンニク。それと赤唐辛子。水とお酢も忘れずに。スパイスは、シナモン・グローブ・ナツメグにローリエだ。オールスパイスがあれば楽だったんだけど、薬師団では見かけなかった。あとは、塩と砂糖も用意しておく。
「マヨネーズと違い、随分と沢山の材料が必要なんですね。それに薬草を入れるんですか?」
「私達の世界では、これらは薬草というより香辛料として知られていますね。お料理に使われる事が多いです。」
「…なるほど。薬草をスパイスとして使用するのですか。非常に興味深いです。」
「確かに材料が多いし、なんだか大変そうね!」
「はい。色んなレシピがあるようですが本来はこれらの材料で、トマトソースとスパイス液と香酢の三種を作ってから合わせて煮詰めなきゃいけないんです。」
しかし、錬成で作ってしまえばそんなに面倒な事はしなくて良いのだ!私は早速材料を全て錬成鍋に放り込み魔法杖でクルクルと混ぜていく。もちろん、出来上がったケチャップをイメージしながら。
「完成です!」
「鮮やかな赤色が綺麗ですね。…では早速味見を!」
「もうっ!アドリアーナったら狡いわ!それに、味見ではなく毒味ですことよ!!」
先程のマヨネーズが余程美味しかったのか、ノリノリで味見…もとい毒味を申し出るアドリアーナ様。本音が出ちゃってるよ。私は魔法鞄からボイルした味見用のソーセージを取り出すとフォークを添えて差し出す。
…ケチャップの味見と言ったらやっぱりソーセージだよね!
「マヨネーズは濃厚でクリーミーな味わいですので野菜などの割りと淡白な物との相性がいいんですけど、個人的にはケチャップはお肉や卵とよく合うと思います。」
「なるほど。一口に調味料と言っても食材や用途によって使い分けるのですね…。」
初めて見るケチャップに対し、全く警戒心を見せないアドリアーナ様。余程信用してくれてるのかな。好奇心を隠そうともせず、フォークでソーセージを刺すとケチャップをたっぷりと付けて口に含む。ボイルしたソーセージのパリッという小気味良い音がこちらまで響き、お腹が空いて来てしまう。
「…っ!! こちら大変美味しいです! トマトの酸味と甘味のバランスが良くて旨みもたっぷりと含まれていますね。…この一見シンプルながらも複雑な味わいはスパイスを使っている影響でしょうか。ソーセージの油っぽさを包み込み更に味わいを引き立たせています。確かにお肉料理との相性が良いですね。」
「タツキ姉!! 早く!早く、あーん!!」
…それほど早く食べたいなら、あーんに拘らなくてもいいのに。
甘えん坊なコルネーリア様に苦笑しつつも、ソーセージを一本刺して口元へ近づける。
「はいはい。あーん。」
ソーセージを咀嚼しながら、驚愕の表情で目を開いたコルネーリア様。こちらも、どうやらお気に召したらしい。
「おっ美味しいですわ!何の変哲もないソーセージが、ケチャップを付けただけでこんなに様変わりするなんてっ!!信じられません…。」
「ふふっ。お気に召したようで何よりです。甘えん坊のコルネーリア様。」
ケチャップを付けたソーセージに大喜びのコルネーリア様がとても可愛いらしくて、ついつい王族をからかう様な事を言ってしまう。しまったと思った時にはもう遅く、顔を真っ赤にしたコルネーリア様が目を吊り上げて反論してくる。
「タツキ姉の意地悪!! それに、わたくしのあーんは甘えん坊のあーんではありません!! 大人の女性がやって貰う、大人のあーんですわ!!」
「ごっごめんなさい!」
…大人のあーんとはいったい……。




