Episode12-2
「それじゃあ、まずはキャベツとソーセージのペペロンチーノが出来上がったよ!温かいうちに食べちゃおう。」
小さめの皿にペペロンチーノを盛り付けて、いそいそとカウンターへ移動する。
「「「「いただきます!」」」」
「こっこれが、貧民の命だなんて信じられません!ニンニクの香りと唐辛子の辛味を吸ったオイルの旨みが麺に絡みついて、味気ないだけだと思っていたパスタを完全な主役にしています….。」
「ですよね!ですよね!エルダも信じられません!!パスタってこんなに美味しい食べ物だったんだ…。」
「ううぅん。懐かしい味だなぁ。やっぱりタツキちゃんのペペロンチーノは美味しいよ〜!」
三人とも喜んでくれているようだ。特にパスタに辛い思い出のあるエルダを心配していたが、あの表情や耳と尻尾を見ている限りでは本当に満足してくれているみたいだね。密かにそっと胸を撫で下ろして息を吐く。
「パンをこの旨みを吸ったオイルに浸して食べても美味しいんだよ。今はないけどねー。」
「うんうん。絶対美味しいやつだよね。」
「それは美味しいそうですね。今度はぜひやってみたいものです。」
「うー。もうなくなっちゃった…。もっと食べたいよ…。」
少量を取り分けているため、皆んなまだまだ物足りなさそうだ。特にエルダは尻尾をしょんぼりさせてしまっている。そんなエルダに、ロレーナさんも恥ずかしそうに同意する。
「エルダの言う通り、ニンニクと唐辛子の辛味で食欲を刺激されて、少量では逆にお腹が空いてしまいますね。」
「では、早速次のカルボナーラとミートソースに取り掛かりましょう!」
「わーい!私の大好物だ!!」
「渼音はクリームコロッケと言い、ホワイトソース系?が好きだもんね。」
「エルダも!エルダもまたお手伝いするよ!!」
まずは、ベーコンを食べやすい大きさに切り、ついでにニンニクもみじん切りにしておく。
…ベーコンはちょっと豪華に厚切りにしよう。
「エルダは、チーズを削って粉チーズを作っておいて。」
「うん!」
具材を切り終えたらボウルに卵を入れ、しっかりと溶いていく。
「チーズが削れたよ!次はどんな味なのか楽しみだなー。」
「エルダもクリームコロッケ好きだったよね?じゃあカルボナーラもきっと気に入ると思うよ!」
「うん!エルダはクリームコロッケとっても好き!!ミオンさんがそう言うなら、早く食べてみたいな。」
「特に龍貴ちゃんのカルボナーラは絶品だからね。」
「こら、渼音。あまりハードルを上げないで。エルダは、パスタを茹で始めて。さっきぐらいの茹で加減でよろしくね。」
料理中に会話を楽しめるのは対面キッチンならでは魅力である。工事のお願いをした時に対面式のオープンキッチンを希望した自分を褒めてあげたい。ドヤ顔で私のカルボナーラを自慢している渼音に釘をさすと、エルダから粉チーズを受け取り、溶き卵の中に加える。そして、冷蔵庫から生クリームも取り出しボウルへ投入し、塩・胡椒を入れしっかりと混ぜていく。
…牛乳でも問題なく作れるんだけど、渼音は濃厚な味になる生クリームの方が好きなんだよね。
ソースの下準備が終わったので、フライパンにオリーブオイル・ニンニク・厚切りベーコンを入れて、焼き色が付くまで炒めていく。
「もう少しで茹であがるよ!」
「それにしても、貧民の命と言えば塩をかけて食べるものという頭しかありませんでしたが、こんなにも色々な味付けがあるのですね。」
「そうだね。私が作れるだけでも、数十種類あるかな。私達の国では、本当に色んな種類があるから。基本の味付けは同じでも、具材を変えていけば数百種類はあるかもね。」
「「数百!?」」
驚愕の表情を浮かべいる侍女二人組に苦笑いし、エルダからパスタを受け取る。
「カルボナーラは、火をかけたままソースを加えると熱でダマになっちゃうから、まずは火を止めてパスタを入れるのがコツだよ。パスタを入れて具材と混ぜたら、そこにソースも入れてまた混ぜる。仕上げに黒胡椒をかければ出来上がり!」
味を馴染ませておいた、ミートソースもいい感じになったみたいだ。
「ミートソースパスタは、フライパンで混ぜずパスタを直接お皿に盛って、その上にたっぷりとミートソースを乗せる。こっちはお好みで粉チーズをかけて食べても美味しいよ。」
二種のパスタを小皿に盛り付け、カウンターに移動する。そわそわと待っている三人が可愛らしい。
「それでは、いただきます!」
「「「いただきます!!」」」
まずはカルボナーラから食べてみよう。…うん。久しぶりに作ったけど、美味しく出来ている。エルダが茹でてくれた麺も良い感じにアルデンテだ。
「おいっしいー!やっぱり龍貴ちゃんのカルボナーラは最高だよ!!」
「これはまた…。クリーミーで濃厚なソースがパスタによく絡んでとても美味しいです。ほのかな甘味とベーコンの塩気。そして黒胡椒のピリリとした刺激が、口の中で一体になって…。本当にこれは貧民の命なのでしょうか…。目の前で調理過程を見ていても信じられません。」
「うん!うん!あたしも信じられません!!タツキの料理は、まるで魔法みたい!美味し過ぎるよ!!!」
「ふふっ。みんなありがとう。喜んで貰えて嬉しいよ。ミートソースも食べてみて?」
元々試食程度の量しかないカルボナーラが、あっという間になくなった所で今度はミートソースパスタを勧めてみる。ケチャップやソースを使っていないシンプルなミートソースは、少し甘さ控えめであっさりとしているけど肉とトマトの旨みをやさしく素朴に引き出してくれている。
「お肉とトマトのソースもとっても美味しい!エルダはこれも大好き!!粉チーズをかけるともっと美味しい!!!」
「ええ、ええ。肉の油と旨みがたっぷりと出ているのに、トマトの酸味と甘味がそれを優しく包んで全く重いと感じません。この挽き肉と言うですか?肉を細かく砕いた時には驚きましたが、挽き肉を使う事によって旨みが全体に行き渡るのですね…。食べ応えのあるミートソースは淡白なパスタとも相性抜群です。」
「龍貴ちゃんのミートソースは初めて食べたけど、これも美味しいね!なんだか、これも懐かしい味がするなぁ。」
こちらもとても好評のようだ。みんなの幸せそうな顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってしまう。…これだけ喜んで貰えると作った甲斐があるなぁ。
「どうだった、エルダ?パスタは嫌じゃなかったかな??」
「うん!エルダはパスタが大好きになったよ!!お母さん達や弟妹達にも食べさせてあげたいなぁ…。パスタがこんなに美味しく食べられるなら、皆んな喜ぶだろうなぁ…。」
「そうですね。パスタが貴族の食事よりも美味しくなるだなんて。しかも、こんなに種類も豊富だとは。これは控えめに言って、革命です…。……これは報告せねばなりません。あぁ、それにしても私は毎回王族よりも美味しいものを食べてしまって良いのでしょうか…。」
「ふふ。またロレーナさんの報告せねばが始まった。龍貴ちゃんの料理を食べるといつもなんだから。」
少し大袈裟なロレーナさんは置いておいて、エルダの辛い思い出が少しでも楽しいものに変わってくれたのなら嬉しいな。私はエルダの笑顔を見て、そんな事を思うのだった。
「もう、エルダったらソースを口の周りにこんなに付けて。ほら、こっち向いて。可愛いお顔が台無しだよ。」
ハンカチでエルダの口元をそっと拭う。エルダは、ちょっとだけ恥ずかしそうに顔を赤らめている。だけど、なんだかとても嬉しそうだ。
「…龍貴ちゃん……。これ以上、ライバルを増やさないでくれないかな。…かな?」
「どうやら、タツキは天然のタラシのようですね…。ミオンさん、心中お察しします。」
「ん?二人とも何か言った??」
「「なんでもないです…。」」
二人が何やら言っていたが、なぜかはぐらかされてしまった。…まあ、いっか。
「それじゃあ皆んな、好みのパスタを教えてね?おかわりを作るから。」
「龍貴ちゃん!私はカルボナーラをお願いします!!」
渼音が元気よく手をあげる。一方のロレーナさんとエルダは、苦悶の表情でウンウンと唸り出した。
「どれか選べと言われても困ってしまいますね…。どれも非常に美味しくて……。シンプルながらオイルの旨味と辛さが絶妙なペペロンチーノに。いや、ここは濃厚でクリーミーなカルボナーラが。しかし、肉の旨味をトマトの甘味と酸味が包み込むミートソースも…。」
「うん!うん!あたしも一つなんて選べません!!どれも美味しいだもん…。」
「ふふふ。じゃあ、また三種を一皿ずつ作って三人で分っこしようか?」
「「それです(だよ)!!」」
私の提案をロレーナさんとエルダが目を輝かせて肯定する。…エルダ、そんなに全力で頷くと首を痛めちゃうよ。
「えー!?そんなのありなのー!なんだかずるいよー!!」
渼音の抗議に、笑い声が響き渡る。エルダの悲しい思い出から始まったパスタ試食会は、こうして新たな楽しい思い出へと変化していくのだった。