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Episode12-1

 「…貧民の命。」


 月の宮の食糧庫。その奥まった所の片隅で瓶詰めされた乾燥パスタを発見し、異世界に来て初めての出会いにお宝を見つけた気分で喜んでいた私の耳に不思議な言葉届いた。


 「エルダ?貧民の命って??」

 「それの事だよ。」

 「それってパスタの事?」

 「…うん。パスタの事を貧民の命とも呼ぶんだ。それ、美味しくないし王国に来る前の辛かった時期を思い出しちゃうから少し苦手…。」


 とりあえず、パスタを魔法鞄にしまい他の食材も物色する。その合間に、エルダの生い立ちを聞いていく。どうやら彼女は幼い頃、ニステルローイ王国とは別の遠い国にいたらしい。そこは、王国と違い獣人差別のある国だった。彼女の両親は子供達のために必死で働いていたものの、差別のせいで労働に見合うだけの正当な対価を貰えず生活は貧窮していた。幼い彼女はいつも、両親の力になれない自分の幼さと不甲斐なさを嘆いていたようだ。その後、獣人差別のないニステルローイ王国の噂を聞きつけ、一大決心で移住を試み無事成功したが、エルダにとってパスタはその辛かった時期の象徴になってしまっているらしい。


 この世界では、パンより保存が効き大量生産出来るパスタは、そのぶん安価で購入することが可能で収入の少ない者達の主食になっているようだ。高収入の者達からは保存の効く非常食以上の扱いはされず、わざわざパスタを買うような貧しい人達には味付けに工夫をする余裕などない。その結果、必然的にパスタと言えば茹でたものに塩をかけて食べるだけの、あまり美味しくないもの扱いになっているんだね。


 「…そっか。ごめんね、辛かった頃を思い出せちゃったね……。」

 「ううん。ニステルローイ王国では差別もないし、獣人でも真面目に働けばお腹一杯食事が出来るもん。それに今はもう王宮で働いたお給金で、家族に仕送りして力にだってなれるんだよ!ご主人様のタツキは優しいし、美味しいものを作ってくれるし。エルダは今幸せなんだ!!」

 「…エルダ。」


 そっと抱き寄せ、エルダの綺麗な赤毛頭を撫でてあげる。エルダの、ひたむきで元気で優しい所が私は大好きだ。


 

 「それで、今日のお昼はパスタにするの?」


 私の胸の中でおずおずとエルダが問いかけてくる。


 「パスタはね、私達の世界でも主食の一つなんだ。私の国でも人気のある食べ物なんだけど、エルダが辛いならお昼は別の物にしようか。」

 「…ううん。エルダ、タツキ達の国の食べ物好きだから、パスタ食べてみる。」


 小さい子供がするように、イヤイヤと胸に頭を擦り付けパスタを食べると主張してくるエルダ。なんだか、愛おし過ぎてずっと抱きしめてたくなっちゃうよ。


 「じゃあ今日はパスタを作ろうか!幾つかの種類を作るから、エルダが気に入る物もあると良いなぁ。」

 「うん!エルダもお手伝いするよ!!」


 名残惜しさを押し殺し、胸の中のエルダを解放すると早速食材探しの続きを始める。


 …美味しいパスタをご馳走しなきゃね!


 無事食材をゲットして自室に戻り、まずは挽き肉作りを始める。今回は豚と牛を半分ずつの合挽き肉だ。包丁でお肉を細かく刻み、その後更に叩いて細かくしていく。初めに少しお手本を見せて、エルダにバトンタッチ。力仕事を任せられるのは本当に助かるよ。


 私は、玉ねぎをみじん切りにし終えると次にニンニクもみじん切りしておく。フライパンに少量の入れてオリーブオイル熱し、程よく熱くなったらカットした玉ねぎとニンニクを加えて軽く火を通していく。


 「タツキ、挽き肉に出来たよ!」


 尻尾をブンブン振り回すエルダにお礼を言って、出来たばかりの合挽き肉をフライパンへ投入する。


 「大きな塊が出来ないように、ヘラで軽くほぐしながら炒めるのがポイントだよ。」


 フライパンを振り、野菜と肉を馴染ませたら塩と胡椒で下味を付ける。我が家ではここで小麦粉を少量加えて、ほんのりトロミが付くようにしておくんだよね。そのトロミがまた美味しいんだ。トマトの水煮と適量の水を加えてヘラで軽く潰し、沸騰してきたら塩と砂糖・作り置きのコンソメスープで味を整える。あとは、時折り底を混ぜながら汁気が程よく飛ぶまで煮詰めたら完成だ。


 …ケチャップとソースがないから、あっさり味だけどこれはこれで美味しいよね。でも、調味料が欲しいなぁ。


 「良い匂いー。お肉とトマトの香りがお腹刺激してくるよー。だけど、今日はパスタを食べるんじゃなかったの?これは何て料理??」


 不思議そうに首を傾げるエルダ。…そっか。日本人なら誰でも分かることでも、常識の違うここでは伝わらないんだった。


 「これは、ミートソースって言う名前だよ。そしてこのソースを、パスタの上にかけて食べるのが、ミートソースパスタって言うお料理なの。」

 「ええっ!パスタにこのお肉のソースをかけて食べるの?そんなに贅沢な事しちゃって大丈夫なの!?」

 「パスタは淡白な味わいだからね。私達の世界では、こうやって色んな味付けをして食べるの。どんな味付けにしても、パスタはよく合って美味しいから人気があるんだよ。」

 「…なるほど。貧民の命に、こんな食べ方があるのですね…。実に興味深いです。」

 「ぬわぁあー!!ってロレーナさん、いつの間にいたんですか…。いきなり声を掛けられると心臓に悪いです……。」

 

 顎に手を当てて、ミートソースをじっと見つめているロレーナさん。その後ろでは、渼音がフリフリと手を振っている。


 「ただいま、龍貴ちゃん。ごめんね。ノックはしたんだけど、返事がないから入って来ちゃった。」

 「おかえり、渼音。料理に夢中で気が付かなかったよ。こっちこそごめん。それより聞いてよ!この世界にもパスタがあったんだよ。」

 「嬉しい!正直、パンばかりじゃ飽きちゃうし、私パスタも大好き!!」

 「そうだよねー。欲を言えばお米が欲しいけど、パスタは嬉しいよね。」


 パスタの発見を、ぴょんぴょん跳ねて喜んでくれる渼音。知らない世界で、価値観が同じ親友がいるって本当に心強い。


 「それでね、この世界ではパスタは人気がない食べ物みたいだから、今日は三種のパスタを作って食べ比べて貰おうと思うの。渼音の好きなカルボナーラも作るからね!」

 「やったぁ、カルボナーラ!龍貴ちゃん、ありがとう!!」


 腕に絡みつき、歓声をあげる渼音。先日コルネーリア様が来た時から、どうもスキンシップが激しくなってる気がするんだけど、気のせいかな…。


 「ミートソースはもう少し味を馴染ませたいから、まずはペペロンチーノを作ろうか。エルダは、鍋にお湯を沸かしてパスタを茹でてくれるかな?」

 「うん!パスタは何度も茹でてるから大丈夫!!茹で加減はどうする?」

 「茹でた後にフライパンで調理するから、少し硬めでお願い。それと、茹でるのは一人前で大丈夫だよ。三種を四人で少しずつ食べて、その後に各自が気に入った味をおかわりするようにしよう!」


 私の提案にエルダが歓声をあげる。そう、今日作るパスタはペペロンチーノ・カルボナーラ・ミートソースの三種類だ。いずれも家庭で簡単に作れるパスタの代表格であり、アレンジが加えやすいのも特徴だ。それに調味料が揃ってなくても作れる、今の状況にぴったりの三種なのだ。


 パスタをエルダに任せ、私はニンニクの薄切りに取り掛かる。唐辛子は、今回は切らず一本丸ごと使用する事にしよう。唐辛子の種に辛味成分が入っているらしいので、皆んなの辛味耐性がわからない初回は切らない方が良いという判断だ。次に具材として使うキャベツとソーセージを食べやすい大きさに切り分けておく。


 …具がないシンプルなペペロンチーノも良いけど、少しは野菜も取らないとね。


 具材を切り終えたら、フライパンにオリーブオイルをいれて傾け油だまりを作り、ニンニクと唐辛子を揚げ焼きにし油に香りをつけていく。


 「ニンニクの香りが食欲をそそりますね。」

 「うん、私ペペロンチーノも大好き。」


 対面カウンターに座る二人が嬉しいそうにおしゃべりしながら、調理の様子を窺っている。焦げないように一度ニンニクと唐辛子を取り出して、ソーセージとキャベツを中火で炒める。火を通し過ぎてキャベツのシャキシャキ感がなくならないよに注意しながら、程よいところでニンニク・唐辛子を戻す。


 「エルダ、茹で汁を少し貰うね。小さめの皿を用意しておいて。」

 「了解!パスタもいい感じに茹であがったよ。」

 「ふふっ。ありがとう。今日のエルダは大活躍だね。」


 お玉で茹で汁を少し掬いフライパンへ投入し、揺すりながら茹で汁とオリーブオイルが乳化して白っぽくなるまでヘラでしっかりとかき混ぜる。あとは、パスタを入れて塩・胡椒で味を整えれば完成だ。

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