Episode9-2
「ただいまー!!」
「ミオンさん、おかえりなさいませ。」
「おかえり、渼音。今日は早かったね。魔法のお勉強は終わったの?」
少しだけ息を切らし、興奮気味に渼音が部屋の中に入ってくる。渼音付きの侍女であるロレーナさんも一緒だ。
「うん!だって今日のお夕飯は、龍貴ちゃんが私のために作ってくれるんだもん!!それもクリームコロッケだよ!?頑張って早く終わらせて来ちゃった。」
えへっと、嬉しそうに笑う渼音。こんなに幸せそうな顔を見れるなら、我儘を言い部屋にキッチンを作って貰った甲斐があると言うものだ。
「じゃあ、そろそろ揚げちゃおうか。ほら、手を洗ってきて。」
冷蔵庫からタネを取り出すと、程よく固まったそれを俵型に整形する。薄力粉・溶き卵・パン粉の順に衣を付けて、温めておいた油にそっと入れる。ジュワァという何とも食欲をそそる音を立て、クリームコロッケが鍋の中で小刻みに踊っている。
「わあぁ。揚げ物なんて本当に久しぶり!」
「…なるほど。この油で煮る?ような調理方は揚げると言うのですね。確かに私達の国にはない調理方法です。それに、何とも食欲を誘う香りがします。」
「ですよね。よね!ロレーナさん、あたしも手伝ったんですよ!!」
久しぶりの見慣れた料理に心底嬉しそうな渼音。異世界の料理に興味津々のロレーナさん。そして、猫獣人なのに犬のように褒めて褒めてと尻尾をブンブン振り回すエルダ。皆んなの笑顔を見ながら、対面式のキッチンにして良かったと思った。キャベツの千切りを盛った皿の上に、こんがりキツネ色に揚ったクリームコロッケを載せ、仕上げにトマトソースを上からかける。
「はい、お待たせ。今日のクリームコロッケは、コーンクリームコロッケとチキンクリームコロッケの二種類だよ。あと特製コンソメスープも一緒にね。良かったらロレーナさんとエルダも一緒にどうぞ。」
実はチキンクリームコロッケのタネも事前に用意しておいたのだ。カニやエビほどメジャーではないが、チキンもホワイトソースとの相性は抜群だし、カニやエビに比べるとお安いから我が家では定番の味だった。
「…私達までよろしいのですか?」
「もちろんです。エルダには、お手伝いもして貰いましたし。それにお二人の分も作っちゃいましたから、食べて貰わないと勿体無いんです。お口に合うかは分かりませんが…。」
エルダが、月の宮の筆頭侍女であるロレーナさんの許可を期待に満ちた目で待っている。
「ありがとうございます。それでは、ご相伴にあずかります。」
「やったー!!」
飛び上がらんばかりの勢いで喜びを爆発させるエルダ。私もカウンターに移動して、渼音の横に腰を降ろす。もう待ちきれないと言った感じの渼音が声をあげた。
「それじゃあ早速。いただきます!」
「はい。召し上がれ。」
フォークで抑えナイフを当てるとザクリと小気味良い音と感触が返ってくる。一口頬張れば、ホワイトソースのクリーミーな味わいの中に、コーンの甘味とベーコンの塩気が口一杯に広がる。
「っっん!!なにこれ!?なにこれ!?ザクっとしてて、トロっとしてて、甘くて、でも少ししょっぱくて!あたし、こんなに美味しいもの食べたの生まれて初めてだよ!!」
「あはは。エルダは大袈裟だなー。でも、美味しいって言って貰えると嬉しいよ。ありがと。」
「大袈裟じゃないよ!!こんなに美味しいもの、お貴族様だって食べてないよ!!!」
それだけ言うと、耳と尻尾をピンと逆立たせ一心不乱に食べ続けるエルダ。逆にロレーナさんは一口一口何かを検分するように食べ進めている。
「…確かに……。このような美味しいものは、私ども上級貴族や王族の方々でも口にした事はないと思います。揚げるという調理法も驚きです…。非常に美味しいですが、濃厚な白色の中身と油を吸ったパンの衣で少し重いクリームコロッケに、トマトの酸味が程よい赤いソースをかける事で口の中がさっぱりとして、いくらでも食べられてしまいそうな一品になっています…。」
「このスープも!!具は玉ねぎと、ちょっとベーコンが入ってるだけなのに、何でこんなに色んな味がするの!?」
「…!?これは………。ミオンさんとタツキさんの食が進まない訳ですね。どうやら、私達がこれまで飲んでいたスープは野菜の水煮だったようです…。国王陛下に報告をせねばなりません。」
エルダが大はしゃぎし、ロレーナさんがブツブツと何事か呟いている中で、私は妙に静かな渼音に視線を移す。…もしかして、あまり美味しく作れなかったかな。
「渼音?味はどうかな。うんっっ!?」
私はギョッとして息を呑む。そこには、ボロボロと流した涙を拭き取りもせずクリームコロッケを咀嚼している渼音がいた。
「…ごめんね。私、最近泣いてばかりだね。」
私の視線に気付いた渼音は、恥ずかしそうに笑うと涙を拭い言葉を続ける。
「このチキンクリームコロッケを食べてたら、なんだか安心しちゃって。ああ、龍貴ちゃんの味だなぁ…って。いきなり召喚されて、訳の分からないうちに聖女だなんて言われて……自分でも気付いてなかったけど、思ってたよりも一杯一杯だったのかな。だけど、これを食べてたら、慣れ親しんだ味が美味しくて嬉しくて…。遠い、とても遠い知らない世界に来てしまったけど、龍貴ちゃんだけは変わらず私の傍にいてくれるんだなぁって実感しちゃって……。」
「…渼音。」
この世界に来て、渼音は聖女で。国を救うために、世界を救うために身を捧げ戦うことになるんだろう。それは、私と同い年の少女には重すぎる使命に決まっている。
この世界に来て、私は聖女じゃなくて。何者にもなれなくて。だから、せめて私は、渼音を救うために身を捧げることにしよう。この子の重荷をほんの少しでも軽くするために。
「私、この世界に来られて良かった。正直、これが神様の悪戯なら呪ってやりたいくらいだったけど、今は感謝したいぐらい。渼音のその気持ちを聞けて、心からそう思ったよ。」
「龍貴ちゃんは、いつだって私に優しくて。…いつだって私のヒーローだね。」
ふふふっと柔らかく微笑む渼音。その天使の微笑みに、急に恥ずかしくなって目を逸らす。
「何言ってるのよ。からかわないの。」
「からかってなんかないよー。本当のことなのに。」
「はいはい。おかわりもあるから、沢山食べてね。ロレーナさんとエルダもおかわりあるからね?」
照れ隠しに話題を変え、エルダとロレーナさんに問いかける。
「あの…不躾な質問で恐縮なのですが…」
「二人は恋人同士なの?」
ロレーナさんの恐る恐ると言った言葉を引き継ぎ、エルダがあっけらかんと衝撃の質問をしてくる。
「えっ?そんな訳ないじゃない!渼音と私じゃ釣り合わないでしょっ!?そもそも、私達女の子同士だよっ!!」
「え〜、そんな風に見えちゃうんだ。そうなんだぁ〜。えへへへ。ふふふふ。」
驚きの質問を受け、誤解を解こうと必死の私の横では、渼音が顔を真っ赤にしてモジモジと体をくねらせては時折謎の奇声をあげている。
「ん?なんで女の子同士だとダメなの??」
心底不思議そうな顔でエルダが聞いてくる。
「なんでって…。」
「ああ…常識が違うのですね。ニステルローイ王国では、女性同士の結婚は当たり前のことなんです。だからエルダには何がおかしなことなのか分からなかったのでしょう。」
「はい。だって私の両親は両方とも女だし。」
「「ええぇー!!」」
私と渼音の絶叫が響き渡り、異世界で初めての食事会の夜は更けて行くのであった。