第十五話 娼婦のごとく
翌日、私は再び貝原に抱かれた。
新横浜の場末のラブホテルの一室だった。
「疲れているから今日は勘弁して」
と言ったが、貝原は許してくれなかった。
「せめて普通のホテルにしてほしい」
と頼んでも、
「変に清潔なところは、欲情しないんだ」
と却下された。
彼の愛撫は相変わらずねちねちと執拗で、容赦がなかった。
早く果ててほしいと色々試みるのだが、彼はしぶとかった。一旦、果てても、すぐに回復してのしかかってくる。
「舞台のためだったら、どんなことでも耐えられる」
琴美にそうは言ったものの、この地獄のような日々に果たしていつまで我慢できるだろうか。
――百合亜さんのような人は、間違いなく壊れてしまいますよ。
琴美の言う通り、このままでは早晩精神が崩壊してしまいかねない。
いや、もうすでに壊れ始めているのかも知れない。こんな屈辱を黙って受け入れている時点で、私はすでに本来の私ではない。
しかし、他にどうしろというのだ。拒絶すれば、声楽家としての生命が断たれてしまう。歌う場を失った私は、走れない競走馬と同じだ。生きている価値はない。
貝原のにやけた顔が目の前に迫ってきた。荒々しく唇が塞がれる。
長い長い、キスの始まりだ。ねっとりと、舌をからめてくる。
私は、このキスが一番嫌だった。他のどんな行為にも増して、つらく苦しい。
――もう、やめて!
口元まで出かかった言葉を呑み込み、身体を強張らせて必死に耐える。吐き気が込み上げ、瞳からは涙が溢れ出した。
――やはり無理だ。
耳元で声が聞こえた。
――私には、耐えられない。
だが、どうすればいい。この地獄から逃れようと思えば、刑務所行きを覚悟しなくてはならない。ミミ役は他人の手に渡り、少なくとも数年間は歌う機会を奪われてしまうだろう。下手をすれば一生、日の当たる場所に戻ってくることは叶わない。
それだけは絶対にお断りだ。ようやく手にしたミミ役を手放してなるものか。
では、貝原からの陵辱を、このまま甘んじて受け続けるのか。
それも嫌だ。
だったら、貝原を殺す以外に方法はないじゃない。
――貝原を殺す?
突然脳裏にひらめいた自分の考えにどきりとして、思わずかぶりを振った。
「おい、何やってんだ」
キスを外された格好の貝原は不機嫌そうに言うと、私の顔を右手でぐいと掴み、再び口と口を合わせた。
――女の私に、この貝原が殺せると思う?
寝ているところをひと思いにやるのよ。
――犯行が発覚したら一生塀の中よ。
完全犯罪なら大丈夫。
――無理よ、そんなこと。
一生レイプされ続けてもいいの?
――私はあずさを殺していないのよ。正直に話せば、それほどの罪にはならないかもしれない。
かもね。でも復帰できたとしても、その時は四十を過ぎている。母親と同じように人々から忘れ去られ、残りの人生を過去の栄光にすがって生きていくしかないのよ。
――黙って。
これはあなた自身の声よ。
――黙りなさい。
気がつくと、私は四つん這いにされ、背後から激しく突かれていた。
「愛してるよ、百合亜」
息遣いとともに、激しいピストン運動が繰り返される。
全身に虫唾が走り、膣内は痛みしか感じない。
それでも、キスよりは遥かにましだった。
彼の顔を見なくても済むのだから――。




