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琥珀の王国の探偵少女  作者: 澤野玲
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第2話「店主の助言」

 少年の依頼を断った日の深夜。クロエは自室のベッドで仰向けになっていました。眠れませんでした。アジサイのような碧眼で、天井の木目を眺めます。木目の形は、毎晩かわって見えますが、今日は、地に落ちた悲し気な木の葉にみえました。


……母親……母親……いまはもう会えない……母さん……そして、父さん……。


 クロエは目を閉じます。


 幼き頃、クロエのほつれたシャツを熱心に編みなおしている母親の姿が見えました。聖母にも負けないくらいの優しい目をした母……。春の木漏れ日のように暖かい顔の母……。


 目を開きます。天井の木の葉をみつめ、また目を閉じます。


 今度は、ころんで傷ができたクロエの膝を、柔らかい綿布でやさしく拭く母がいます。膝に触れる母の手のぬくもり……。クロエを慰めようとして顔をなでる母の指先の、心地よい柔らかさ……。

 

 クロエは、自分の目が濡れているように感じました。


……母さん……会いたいよ……母さん……父さん……。






 次の日の、昼頃のことです。クロエは喫茶店『スリーピング・ダリア』にいました。

 その喫茶店はあまり広くはなく、幅の短いカウンターと、テーブル席が3つだけある、こじんまりとした店です。

 

 店内の壁紙は、柄のない質素なものですが、色は深い茶色で、店全体を落ち着いた雰囲気に演出しています。

 マホガニー製のテーブルは、ニスが厚めに塗られており、照明の光をきらきらと反射しています。

 一般的な店頭では買えないような高級茶葉や上質なコーヒー豆の香りが、品性ある店内のムードを引き立てています。

 

 今日はすいていて、デート中と思われる紳士と淑女のふたり組が、楽し気に会話をはずませているだけでした。


 テーブル席に座るクロエは、ホットココアが入ったカップを手に取り、息を吹きかけてから、ひと口すすります。


 あちち……。


 少女がちびちびとココアを飲んでいると、シックなダークグレーのスリーピースを着た店主がやってきました。

 店主レイノルズさんは、40歳をすぎた、スリムで紳士的な男性です。

 レイノルズさんが、クロエの向かいの席に、優しく座ります。


「やあ、クロエちゃん」


「こんにちは。レイノルズさん」


 店主レイノルズさんは、5月の青空よりもおだやかな表情で、しばらくクロエをみつめます。

 そして言います。


「クロエちゃん、わたしに話したいことがあるんだろう?」


 その通りです。クロエがこの店にくるのは、学者のように思慮深く、神父にも負けない優しさをもったレイノルズさんに、なにか話したいときだけです。


「さあ、遠慮せずに、なんでも話してごらん」


 クロエは、ウィル少年の依頼のことを、もらさず全てレイノルズさんに話しました。

 病気の母と暮らすウィル少年のこと。井戸の広場から彫像が盗まれたこと。少年の母親が悲しみ、容体が悪くなっていること。ウィル少年が規定の料金を払えないこと……。


 クロエが話したいことを言い終わると、レイノルズさんは、しばらくのあいだ知的な瞳で上を眺めます。そして、クロエに視線を戻します。

 レイノルズさんは言います。


「簡単な話じゃないか。クロエちゃん」


 クロエは少し驚きました。


「簡単な話し?」


 レイノルズさんは、バターのように滑らかな口調でいいます。


「今日、こうして、わたしに話しにきたということは、調査を引き受けたいと思っている、ということだよ」







 いま、クロエはガーネット探偵事務所の接客席で、ウィル少年と対面しています。


「呼び出してわるかったわね。手続きをするためには、ここにきてもらう必要があったの」


 少年は驚きの声をあげます。


「え!? じゃあ、引き受けてくれるんだね! 1ポンドで!」


 クロエはきつい口調になります。


「いいえ。1ポンドじゃだめ。前金で15シリング(0.75ポンド)。調査が完了したら、さらに15シリング。足りない10シリングくらい、なんとか調達できるでしょ? 炭鉱で残業するとか、短期の漁夫をするとか。ほんとうに、お母さんを元気づけたいなら、それくらいできるでしょ?」


 ウィル少年の顔には、すこしの渋りもなく、目が輝いていました。


「うん! ぼく、かならず足りないお金を用意するよ!」


「まあ、がんばりなさい」


 少年は、口の両端がさけてしまいそうなほどの笑顔で言います。


「ありがとう! ガーネットさん! ほんとうに、ありがとう!」


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