6)育ての親の親心
厄介な課題は最初に片付けた方がいい。子供の時、教育係達の教えを受けていた時に気づいた。必ずしも実践できるわけではない。
どう考えてもこの男が、一番の食わせ物だろう。最初に座長に話をすべきだとは思った。だが結局、人当たりの良いクレトに先に話をしてしまったあたり、私も未熟だ。あの叔父ハビエルを相手に飄々としていた男だ。人当たりの良さが、本物であるわけがない。
「コンスタンサも頑固な子です」
エステバンという名だと聞いても、母フロレンティナの想い人だったと聞いても、皇国の間諜として王国を旅していたと聞いても、私を助けてくれた芝居の一座の座長としか思えない。
座長は黒真珠の君に心を捧げとるというコンスタンサの言葉は、事実だったことには驚いたが。コンスタンサは時々、座長は頑固やから、何するかわからんと心配していた。育ての父と娘は似るのだろうか。
「あなたがまだ、誰か分からなかった頃、私はあなたがコンスタンサの隣で眠ることを許可しました。あの時あの子に、子供の添い寝と同じやと言いましてね」
絶対に手を出すなと私を脅した口で、座長はコンスタンサに何を教えていたのだ。
「クレトも、あなたをでっかい息子と名付けましたから。あの子のなかでは貴方は、守ってやらねばならない子供でしょう」
クレトは一体、なぜそんな妙なことを。コンスタンサのお転婆は、クレトの影響だが、それ以外にも色々ありそうだ。
「あの子はあなたを大切に思っている。いずれ王弟となるあなたは、この国のために、どこかの国の有力な貴族の娘を妻にもらうべきだと考えている。王国は、皇国の庇護は得られるでしょうが、他の国とはそうはいかない。若い国王は侮られると」
コンスタンサの言葉は正しい。さすが芝居で過去の政争のあれこれを演じていただけのことはある。
『私はそれを望まない。婚姻は確かに、国と国との盟約に有効な手段だ。だが、唯一の手段ではない』
それに、舞台の上のコンスタンサに鼻の下を伸ばしていた男たちなんぞに、優しいコンスタンサをくれてやりたくない。絶対に嫌だ。
「私たちには、それが出来ませんでした。あの方をお救い出来なかったことを、何度嘆いたか」
エステバンは巡業先で、母の死を知ったはずだ。あの日私が、コンスタンサが湖に落ちたと聞いたように。
大切な人の死を、取り返しがつかなくなってから聞かされた、あの絶望を味わったのだ。奈落に叩き落されたとはいえ、コンスタンサが無事だった私と、母を失ったエステバンとでは、苦悩は比べ物にならないだろう。
風の向くまま気の向くままとはいうが、旅は過酷だ。旅先でコンスタンサの身に何かあったらと思うと、恐ろしい。湖に落ちたと聞かされたときの絶望など、もう二度と味わいたくはない。根底にあるのは私の我儘だ。
「あなたをお助けてしてしばらくしたころ、コンスタンサに手をひかれて歩くあなたのお顔をみて、あの方を思い出しました。よく似ておられる」
懐かしいという声が聞こえる気がした。
「大地母神様の神殿に行こうと言うたのは、本当にコンスタンサですよ。コンスタンサのおかげで、私はあの方の忘れ形見のあなたをお助けすることが出来た」
母が護衛騎士だったエステバンと駆け落ちをしていたら、この男が私の父となっていたのかもしれない。私を助けてくれた座長だが、私の父はこの男から思い人であった母を奪い、死なせた男だ。
座長が、間諜エステバンが、母と恋仲だった男が、何を考えているか私にはわからなかった。
「コンスタンサはコンスタンサなりに、あなたの幸せを考えている。優しい子です。気が強いようで、怖がりです。旅芸人というのは辛いもんです。どこにいっても余所者だ。それなりに辛い目にもあってきた」
うちらには家はないと言ったときのコンスタンサは、悲しそうだった。
「正直なところ、私はあなたとコンスタンサの結婚には反対ですよ。苦労することなど分かっている。ただ、あなたを思って寂しそうなコンスタンサが可哀想だから、邪魔はしないであげましょう。せいぜい説得して下さい」
突き放すような言葉だが、私を見る目は優しかった。
『口説いて承諾してもらう』
まだ、愛の言葉一つ、コンスタンサには伝えていない。詩人たちのような美辞麗句を思いつけない私は、何と言ってよいかわからない。
「私は仲間であるコンスタンサの幸せを願っています」
私もコンスタンサを幸せにしてやりたい。だが、コンスタンサの幸せとは何だろうか。
兄と、いずれ義兄となるアキレスには聞いても無駄だ。気は進まないが、知っていそうな人間には心当たりがあった。




