4)ハビエルの一喝
「惚れた女やろ。そのくらいはなんとかせえ。惚れた女を自分に惚れさせんでどうする。身分くらい、儂がどうとでもしたるわ。あれこれ面倒なことを考えとるのくらい、自分で何とかせぇ。自分の女は自分で口説け。有象無象の阿呆どもは、失脚させたらえぇやろうが。考え無しどもや。どうせなにかやらかしとるに決まっとるわ」
伯父、大神官ハビエルの俗世の欲にまみれた言葉は、威厳に満ちていた。
伯父ハビエルに口説けと言われて、私はコンスタンサに求婚らしいことを何一つ伝えていないことに気づいた。惚れた女を自分に惚れさせんでどうすると、私を一喝した伯父ハビエルは、どんな恋をしたのだろう。婚約者が流行り病で亡くなったあと、新たな婚約者を迎えることなく神官となったとことは知っている。
「大神官ハビエル様のおっしゃるとおりです」
王妹フィデリア殿下と護衛騎士イノセンシオの恋物語は、よく知られている。護衛騎士イノセンシオは、辺境の地で武功を打ち立て、辺境伯家の跡継ぎとなり、恋仲だった王妹フィデリアの臣籍降嫁を勝ち取った。
大叔母フィデリアと、伯父ハビエルの間に漂っていた剣呑な雰囲気は、雲散霧消していた。王国と皇国、二つの国の重鎮が、私の不甲斐なさで意見が一致したのが少々情けなかった。
夜だ。隣からはコンスタンサの寝息が聞こえる。今もまだ夜は、コンスタンサと手を繋いで眠っている。二つ並んだ寝台の間には隙間はある。眠ったままでは越えられない幅が開いている。
起きている今、コンスタンサの寝顔を眺める妨げにはならない。
コンスタンサは、私がとうに還俗をしていることを知っているはずなのに。私のことを信頼しているのか、警戒の欠片もない。突き放されたら悲しいが、寝息を聞かされるだけと言うのもなんとも虚しい。
夜の暗がりは、私を悪夢に引きずり込む。伸ばした先の手に触れる柔らかい温もりに、冷たい土塊は夢だと安堵する。この温もりが水の中、土塊に還りかねなかったと考えると、あの女を絞め殺したくなってくる。
自分の女は自分で口説け。伯父ハビエルに言うとおりだが、どうしたものか。座長の話では、コンスタンサは私には置き手紙をして、何もいわずに立ち去るつもりらしい。
何故、私を置いていこうとする。眠っているコンスタンサの頬をそっとつつくと、何やら意味の分からない返事が帰ってきた。
せっかく傍らにある今を、手放すつもりはない。伯父が言うところの有象無象の阿呆どもの始末の準備は着々と進んでいる。
何事を成し遂げるにも準備が必要だ。身分などどうにでもすると、伯父ハビエルは啖呵を切った。せっかくだから、甘えさせてもらう。コンスタンサを口説けと言われて初めて、コンスタンサを口説いていなかったことに気づいた私だ。他にもなにか、抜けていることはあるはずだ。私はゆっくりと思いを巡らせた。




